◇いかなる道であれ、それを深めようとする時、教えを受け、指標とし、模範となる人の存在は不可欠である。それが『師』である。そして、その『師』に応えんとする時、そこに、おのずから『弟子』の道が生まれる。まさに、それは、求道に生きる人間の、必然的な帰結といえよう。
※359p
◇泉田は、壮年部は、『職場の勝利者』『地域貢献の第一人者』となり、社会にあって、“信頼の柱”となることを訴えていった。
◇社会の指導者の多くは壮年である。ゆえに壮年部員が社会のあらゆる分野で力を発揮し、大リーダーに育っていくことが、立正安国を実現していくための要諦となるからだ。
『本門の時代』とは、信心即生活の実証を、一人ひとりが現実に示していく時であるといってよい。
◇次いで伸一は、永続的な発展のためには、分別のある“保守”の力と、若々しい、勢いのある“革新”の力が噛み合っていくことが肝要であると強調。学会の発展も、壮年と青年の模範的な組み合わせによるものであると述べた。
そして、広宣流布の新展開の時代に入った今、広布推進の強力なエンジンとしての青年の力とともに、豊かな経験や判断力など、総合的な円熟した壮年の力が求められていることを訴えたのである。
ここで、彼は、組織における壮年部の役割に言及していった。
『学会は、各部が協調し合いながら進んでいくのは当然ですが、一家においても父親が柱であるように、最高責任者は壮年です。
各支部にあっては支部長であり、各地区にあっては地区部長です。
したがって壮年部は、壮年の育成に責任をもつのは当然ですが、各部のなかの一つの部であると考えるのではなく、各部の調和をとり、責任をもって、学会を、会員を守っていただきたいのであります』
※384~385p
◇また、壮年部は、各部の友にとって、信心の手本であります。さまざまな人生経験を経てきた壮年部がどうするかを、みんなが見ています。ゆえに、何があろうが、壮年部が強盛に信心を貫いていけば、その尊い姿を見て、男子部も、女子部も、そして、婦人部も、喜んでついてくるものです。
それが反対に、壮年が不誠実で要領よく立ち回ったり、いい加減であったり、あるいは退転してしまったりすれば、後輩の人たちは、目標を見失い、時には、信心への疑問をいだかせてしまうことになる。ゆえに、壮年部の皆さんの責任は重いといえます』
※386p