2014 大白蓮華 1月号 座談会御書 | SHInのブログ

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-大悪大善御書-

【御文】
・大事には、小瑞なし、大悪をこれば大善きたる、すでに大謗法 国にあり大正法必ずひろまるべし、各各なにをか なげかせ給うべき、迦葉尊者にあらずとも まいをも まいぬべし、舎利弗にあらねども 立ってをどりぬべし、上行菩薩の大地より いで給いしには をどりてこそ いで給いしか(新編 日蓮大聖人御書全集 1300p 1~3行目)

【通解】
・大きな出来事の起こる前には、小さな瑞相はない。大悪が起これば、必ず大善がくるのである。すでに大謗法が国に充満しているのであるから、大正法は必ず弘まるにちがいない。
あなた方は何を嘆くことがあろうか。(必ず大善がくるとの喜びに)迦葉尊者でなくても、舞を舞うべきところである。舎利弗でなくても、立って踊るべきところである。上行菩薩が大地から現れた時には、まさに踊り出られたのである。

【講義】
・拝読御書全体として、地涌の菩薩の使命を教えられています。

御文前半では、一般的に、大きな出来事が起こる際には、前兆が起こります。この御文の中で、日蓮大聖人は、大悪が起きたからには、次には大善が来ることは間違いないと断言されています。当時は、法華経に説かれる生命尊厳、万人平等の哲理に反する大謗法が一国に蔓延していました。だからこそ大聖人は、悲嘆に暮れ、不幸に苦しむ民衆を救うために、謗法の闇を打ち破って、大正法が流布し人々が安心と希望にあふれる時代を到来させなければならないと宣言されるのです。
後半では、そのような時にあたって、門下の一人一人は嘆く必要など少しもない。むしろ経典に説かれる迦葉や舎利弗、上行菩薩のように、舞を踊るがごとく、歓喜の躍動をもって立ち上がるべきであることを教えられています。

池田名誉会長は語ります。『妙法に生き抜く人生に、悲観はない。感傷もない。愚痴もない。停滞もない。何があろうと、希望に燃えて、喜び勇んで、わが『使命の舞』を舞っていくことだ。そこにあらたな『勝利のドラマ』が生まれていくのである』『人のために働くなかに『真実の自分』が輝く。『生命の底力』が湧いてくる。それが『人間』です』

大歓喜の舞を舞うように、希望に燃えて新時代の世界広宣流布に踊り出て参りましょう!
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