


2月も最終日。
これはどうしても書き残して置きたいことの一つ。
先日ご招待のチケットをいただき高松国際ピアノコンクール最終日ファイナルに出かけました。
2階席、数席離れてはいたものの左横に並ぶ審査員席には著名なピアニストたちがずらり。
そこからもうドキドキが止まりませんでしたが、せっかくの機会しっかり楽しまなければと、そこからは気持ち入れ替えどっしり椅子に腰掛けて音楽を堪能しました。
ファイナリスト2名の協奏曲は、それぞれのタッチの質感や倍音の立ち上がり方がまったく異なり、
その聴き比べは、私のようなピアノを嗜む端くれレベルにも、示唆をいただく素晴らしい演奏でしたし、とくにサンサーンスの協奏曲。
その方の演奏が実に楽しそうで、国際コンクールのファイナルということを忘れてしまうほど、音楽が踊りだす演奏。
本当に素晴らしかった!
ベートーヴェンを演奏された方の音楽は、丹精で誠実な音色、ピアノ本来のうっとりする美しい音色を味わう事が出来ました。
その後私の中ではサンサーンスブームが到来。
マエストロ広上淳一さんの指揮が生み出すソリストとの一体化された音楽に深く心を動かされました。
まさか広上先生のオケを生で聴けるなんて⋯。
まさか広上先生のオケを生で聴けるなんて⋯。
広上先生の音楽は、ソリストとオーケストラの呼吸が自然に同期していて 鳥肌が立ちました。
音が空間の中でどの位置から立ち上がり、どの方向へ拡散し、どの質感で減衰していくのかまで精密にコントロールされていました。
音が空間の中でどの位置から立ち上がり、どの方向へ拡散し、どの質感で減衰していくのかまで精密にコントロールされていました。
しかしそれが計算され尽くしているというよりも、体感的には呼吸のような恐ろしく自然な形に伝わり感動しました。
倍音の重なり方や残響の持続時間までもが作品の構造と結びついていて
ホール全体がひとつの音響体として機能していたのは驚きです。
ホール全体がひとつの音響体として機能していたのは驚きです。
特に、フレーズが終止へ向かう過程での音響的な収束のさせ方が圧巻で、
響きが静かに一点へ集まっていくその瞬間、
時間そのものが形を持って流れていくように感じられ、
響きが静かに一点へ集まっていくその瞬間、
時間そのものが形を持って流れていくように感じられ、
終止にむかう時間は音楽的にはクライマックスであるのに、聴き手としては終わってしまう儚さ、もっとこの音の中に留まっていたいと思わせるほどの美しさを感じずにはいられませんでした。
人生で一度は見ておきたいと国際コンクールの表彰式まで堪能して帰路につきましたが、家までの運転はアドレナリンが吹き出す中集中するのに大変でした。
忘れられない1日となりました。