市政チャレンジ理由と想い その3
私には、正直まったくと言っていいほど何もありません。
無所属、無党派(市民派)ですので、当然のように「ジバン・カンバン・カバン」と言われるものはないのです。
何もない私があえてチャレンジする理由がそこにあります。
ほとんどの人は、「何もなくて本当に大丈夫か?」と心配をしてくれます。
では、何も無ければ本当に何もできないのでしょうか?
私はカウンセラーとして、様々な悩みを聴いてきました。
その中でクライアントがよく言う言葉が、「私には~がないから」ということです。
無いことを理由に自分のしたいことを諦め、後悔するといった悪循環に陥っているように感じます。
私には正直上記の3つは何も無い・・・。
これは自慢でもないですし、自分を客観的に見ても自分でもそう思えます。
では、私が「駄目もとでチャレンジするのか?」と言うともちろんそんなことはありません。
私は選挙に必要と言われるモノを持っていなくても、その他に持っているモノはあります。
その私が持っているモノで、同じ土俵に立つのではなく、違うところで勝負を挑むつもりです。
その結果がどうなるかは当然わかりません。
ただ私が思うのは、「~がないから」と諦めて何もしないというこは「勝負する前に逃げている」ということと同じだと思います。
勝負で勝てるかどうかわからないけど、やってみれば案外勝てることもあるでしょうし、負けたとしても勝負のやり方も学ぶことができると思います。
私はこういったお話をカウンセリングの時にしたりするのですが、自分が実行に移していなくて「誰がその思いを受け取ってくれるのか?」と考えております。
そのためには、まず自分が変わること。
私がしたいことは、今当たり前とか常識(ここで言う当たり前とか常識とは、自分で必要のない条件を勝手に作っていること)といった固定概念に捉われ続けている多くの人に、自分の中に何でも可能性を感じ、信じることを伝えていくことができれば、と考えております。
今私が感じるのは、そういった必要のない固定概念があまりに多く、そこからの反発が大きくなってしまっているのも原因のひとつではないかと考えております。
そのためには、自分の中にある価値観や考え方を何が必要で何が不必要なのかを正しく判断できるような環境創りが必要だと思います。
自分の人生は自分で決め、そして後悔のない人生を少しでも多くの人が歩むことができれば、もっと活気ある社会になれると考えてます。