一個前のブログで記した通り、今日は私の大好きな職場で仕事が終わって帰ってきたところだ。


そこは、某街の安い酒を安く出すいわば地元の小さな

居酒屋。

車屋さんと繋がっていて、車屋さんのオーナーが居酒屋も営んでいる。

そのオーナーがなかなかの曲者で、いつも社会情勢について吠えている。

スタッフの人数は全部で4人。

その中でも私は1番の新入りで、働き始めてまだ約半年程である。


オーナーと同じように、スタッフも普通というには無理があるメンバーが揃っている。

このお店が出来てからずっと働いている古株の、幸が薄い、カスミソウくん

女の子らしくて、恋愛脳のバラちゃん

仕事ができて姉御肌のシクラメンちゃん。

身長がとっても高くて、プロのアーティストを目指すモンステラさん。(日本語が乏しいハーフ)

そして、わたしである。


この日は、音楽会のレジェンド的な仕事をしているフィカスさんが遊びにきた。

この人はとっても変わり者で、一本の枝を伸ばし続けるタイプだ。

この人が来ると、自分の作った奇妙な曲を流し続けて説明をしてくれる。

ただ万人受けしないのが玉に瑕といったところで、私たちにはその人の言っていることがひとつまみくらいしか理解できない。

ただ、嬉しそうに自分の曲を流すその人の表情はとても愛くるしく、私はそれを見るのが好きである。

好きなものの話をする時の人の目は子供の目に似ている。

うまく説明できないけど、なんだか綺麗で形が似ている。

そして、その人からは全身に流れるものの温度が温かくなったような内側から発する温度があり、それはゆっくり外側にじわじわと出ていくような感じがする。

その暖かさを感じると、自分や周りの空気の色が変わってさっきまでそこにあった固い何かが柔らかくなるような感覚を覚える。


これがその人の持つものなのか、状態が作り出すものなのか考えれば考えるほどわからなくなるが、

今のところ、土からの栄養をもらっている瞬間の喜びなのかなーと、思う。

外部からの栄養を吸収した時に、その恩恵を周りに振り撒く。

それを受けたものが、また次の人へ別の形でそれを振り撒くのだ。

社会が歯車で回っているように、目に見えない世界もまた回るという性質を持っているのかもしれないな。

自然って多分そういうことなんだな。

と、答えのないシンキングタイムを日々繰り返している私であった。


よし、今日も新たな気づきを探しに仕事へ行くとしよう。





と、時間にルーズな私は時計を見て焦るのであった。