日常のひとこま(26)
静治のいない家は広く、どこかひんやりとしていた。誰もいない家に帰るのは随分と久しぶりだ。
「夕飯の準備でもするかー」
ひとりごちて、いつもなら「今日は何食べたい?」と言う言葉が返ってくる。それがない寂しさに、荷物を放り出すと外出着のまま冷蔵庫の中をあさり始めた。
「今日はカレーにしよう」
いつも静治がいる場所に向かって話しかける。
「お肉はいつも豚肉だけど牛肉使っちゃおうかなー。明日は買い物に行かないとねー」
一人で話しながら、手を動かす。野菜を洗っていると跳ねた水が服にしみを作っていく。
「そうだ、車貸してよ、私が運転していきたい!」
野菜の皮をむく。
「痛っ」
包丁が滑って指先をかすめた。こういう時、静治がいれば救急箱を持って飛んできただろう。もうしなくていいと、自分がするから座っていろと言うのだ。
「自分でできるもん」
呟いた言葉が、どこか駄々をこねる子供のようで、ドキッとした。
黙々とカレーを作り、できた後にご飯を炊くのを忘れていたことに気が付き、静治がいつも冷凍してくれているご飯を食べようと冷凍庫を開けた。冷凍庫の中にはタッパーがいくつも入っていた。それも、日付とメニューがついている。日付のほとんどは未来の日付だ。どういうことかと首をかしげていると、スマホが鳴り飛び上がった。
「あ、もしもし、ホノ?ご飯ちゃんと作った?」
「作ったよ」
「ホノは放っておくと人間の生活しなくなるからなぁ」
「人間の生活はしてる!」
「あはは。コンビニ弁当ばっかだったじゃん」
「そうだけど!そうだったけど!」
電話越しの会話でも、随分と胸が温かくなった。
「そうだ、からかおうと思って電話したわけじゃなかったんだった。冷凍庫見て」
「みた」
「タッパーに、楽したい日用に作ったおかずが入っているから、それを食べて」
「もう作ったって」
「本当に?」
「今日はカレーだよ!」
「本当に一人で作れた?」
「それくらいは作れるよ!」
「じゃあ、帰った日は残りのカレーかー」
「そんなことにならないから!」
そう言って電話を切った。静治と話して少し元気が出てきた。
「ごはん食べよう」
準備をして、定位置につく。いただきますを言っても静かな部屋に響くだけ。先ほどの余韻はあっという間に消えて行ってしまった。一口、口に運ぶ。一口、また一口と食べるが、おいしかったのは一口目だけで、あとは味気ないものだった。
「セイちゃんの作るカレーの方がおいしい」
当たり前のことを言った後、一人で乾いた笑いをこぼした。
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さて、年末の予定ですが、24日まではすみれの窓辺、31日、1月1日はお正月企画を予定しております。
うちの職場2日は出勤日だから三日連続は出来ないんですよね……。
そして、今、パソコンの調子がすこぶる悪いもので、もしかすると更新できない可能性もあります。
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