断片的な記憶は本物なのか、途切れてるのは自分で薄めてしまったからなのか
それとも夢なのか
ありもしなかった作り話なのか
っていう思考を小さな頃からずっと、ずっと続けています
あと、今ってなに?っていうのも
これは言葉にしづらいんだけど、
いまこうやってiPhoneを持って文字を打ち込んでいることも、本当なの?誰かの夢の途中の一部なんじゃないの?
いま、わたしは自分の名前も家も好きなこともぜんぶ認識してるけど、誰かの作り上げた設定じゃないの?
いま地球が自転して公転して、宇宙があって消えた星も生まれた星も、それらの大群も遠くとおくにあるっていう
見えない現実があるように
わたしのいまも、違う次元の誰かがわたしみたいなのが、見えないけどいるんだなぁとか思ってるの?とか
二次元ってちゃんと存在してて、三次元こそ作りものなのでは?
なーーんて限りのない意味のない想像をするだけで、ものすごく自分のちっぽけで不確かだけど生きているっていう感覚を噛み締めることができた
そして、もしかしたら存在しないかもしれない自分への少しの恐怖を抱きしめて、明日のあさに目が覚めてもわたしでありますようにって目を閉じた
いつまでこんな風に考えるんだろう
でもわたし、この感覚がきらいじゃないんだよね
これぞ、本能、みたいな
自己満足があるから
つまんねーな
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