京都遠征…

初日の24日、午後からが都合良し

の前情報から、到着は13時としての

新幹線乗車。


降車後、一息つけるかと思いきや

13時に「あと10分で京都駅に着く」

のメッセが入り、在来線のホームへ

即移動


宿のチェックイン受付時間まで

駅周りをぶらつき、軽く昼食を

摂りながら、今回のSOS相談の

話を聞く。


息子は数年の疎遠を気にしていた様

だけど、僕は別に蟠りも無く(寂しい

想いをしていた期間ではあったけど)

日常の会話で、夕刻まで過ごせた。


息子はホッとしたのか、

予定はしていなかった、息子家族と

翌日改めて会いたい旨の希望を

残して、初日は自宅に戻って行った。


在来線の改札を通る息子の後ろ姿が

引き離される数日前(僕はそれに

気付いていなく)リビングの隅に

座り、寂しげに窓の外を見つめていた

あの時の丸めた背中と重なり…


現状の不安に向き合っている心情を

垣間見た感を受けた。


翌、25日は面会は無し。との認識故、

京都に来る機会があれば、

是非観てみたいと予定していた

六波羅蜜寺の 空也上人像は

外したく無く…

早起きをし、六波羅蜜寺〜下りながら

三銃士三十三間堂までを散策


そのままチェックアウトし

お昼絡みで、息子家族と激混みの

京都駅は避けての近隣在来線駅で

面会


風の便りで知っていた、孫娘ちゃんも

一緒に付いて来たから、初の顔合わせ。

前日に練習しでもしたのか?

挨拶声掛けしても、泣く事も無く、

会話の途中では「お祖父ちゃん…」

と、早々に父の父と認識した様で。


僕としては家族の中で「お父さん•

おやじ」と三人称で呼ばれる生活は

取り上げられてしまった半人生だった

から、その三人称がとても新鮮で

嬉しく感動した次第。


息子夫婦はその呼び方を気にして

愛称を考えてくれていたが、

上記の心情ゆえ、僕はこの先も

「お祖父ちゃん」と呼んで貰いたい

想いである。


「ジイジ」はなんか俗っぽくて

嫌だけど、イケてる

オッさんを心掛けて居れば

「お祖父ちゃん」の呼び名は

カッコいいと僕は思う。


東京に戻る新幹線の時間もあり

夕刻前に、お開きとしたが、

孫娘ちゃんは 別れるつまらなさ

(寂しさ?)を感じるのか?

息子夫婦が促す「バイバイ」を

聞こえないふりをし、惚けている。


この気持ちは自分の幼少期に

ウチに遊びに来た大好きな叔父が

帰る前の空しい寂しさに中々

バイバイが言えなかった記憶が

有ったので、

無理にバイバイは言わなくて良いよ。

と息子夫婦に伝え、さりげなく

「またね」とその場を後にすると


暫くして息子夫婦と一緒に

追いかけて来て「バイバイ」と

手を振ってくれた(^^)

なんとまぁ、人の奥深い心情が

読める子だ。と感心。


3時間ほどの時間では有ったが、

お嫁さんの気づかいや、泣く事も無く

どこか共通する匂いを察知するのか

すんなりとコミュニケーションが

取れるDNAの引き合う認識の

生物的科学も感じる、沢山の経験を

貰えた時間であった。


前日の息子の後ろ姿とは違い、

一人の親としての落ち着きと

背筋が伸びた無意識な自信も

持っている様な姿に少し安堵し、

帰りの新幹線に乗車した僕であった。


以上、簡単な備忘録