いつか このブログを開く事が
有るかも知れない子ども達に

僕の幾つかの想いを綴って
おこうと思います。

他の方々は ドン引きするかも
知れません。。。ね。。。





3度目の正直 と題しましたが
正確には
3度生き延びた自分
でしょうか…

1度目は 小1の春。
溶連菌に感染し、リュウマチ熱を
発症し、心臓へのダメージで
「余命」の言葉も伝えられる世界を
経験しました。

両親の看護の甲斐があり、現存を
続けられる状態に帰りましたが、
薬の副作用でパンパンに太り、

夏休み期間を過ぎ復帰した学校では
級友が驚くくらいの別人になって
いました。

心臓に負担のかかる体育は何年か
見学が続き、友達からはズルい。
と 非難される毎時間でした…

2度目は 社会人になって、自身で
手にした愛車に乗っていたある日。

国立駅傍の踏切で、前を歩いていた
大学生の後を進んでいると、
遮断機が降り始めました。

僕に気付かない大学生は足取り
ゆっくりで 僕は遮断機の中に
取り残されます。。。

上り中央線 特別快速が近づく
気配を感じつつも 目を向ける気も
せず、急ブレーキの金属音だけが
耳に迫ります。

でも何故か焦りは無く、
軽くクラクションを鳴らし
前の大学生を振り向かせ、
遮断機のポールを
上げて貰い、踏切から
抜け出しました。。。

(当時その中央線に乗車だった
皆さんには 大変ご迷惑をお掛け
しました…  申し訳ありません)

3度目は 子ども達と引き離され、
安否も居場所も判らず、病を
発症し始めた母を看る日々。

周りの風景は認識出来るのですが
全く色が着いていません。。。
モノクロでしか認識出来ない日常です

そんな事に疲れたのか 同じく
中央線 国立駅で 特別快速が
近づくホームで無意識にフラッと
黄色いラインを越えました。。。

そこからは 誰かに服を引っ張られた
感覚でホームに戻されていた記憶。
振り返るもそんな人は居ません。。。

その行為は ただの妄想だったのか
現実だったのか…
(でも そんな心情は理解出来ました。
本当に罪悪感無く フワっと楽な世界に
吸い込まれる感覚 )

3度生き伸びさせて貰った事は
とても感謝しています。

だからもう怖いものは無いでしょっ^_^
と、何かやり切った感も感じ、
新しい希望と終焉の両想いを持って
進んでいるこの毎日です。

そんな 3度目の正直な備忘録