仕事で出逢った私の友人が、東南アジアの孤児院に文房具を寄付する活動をしています。
Pencil for kidsというのですが、以前彼女に名前の由来を聞いたことがあって、心にずっしり残ったのでここに書いておこうと思います。
彼女は若い頃から旅行が大好きで、旅行を専門に取り扱う広告代理店の経営者です。
時間があると、行ったことのない場所、接した事のない文化を探しに、ささーっと旅行に出かけます。
観光というより人々の生活に興味のある彼女は、現地のガイドさんにお願いして、市場や公園、学校などその国のありのままの風景の見れる場所を見て回りました。
ある日、タイのある街で、女の子が駆け寄ってきて彼女にお願いしました。
「鉛筆持ってたらくれませんか?」
彼女はバックの中をごそごそして、数本のボールペンを見つけ、その女の子に差し出しました。
すると、女の子は首を横に振って、そのまま走り去ってしまいました。
翌日、ガイドさんにその話をすると、
「鉛筆がないと学校に入れてもらえないんだ。たぶん、ボールペンでも大丈夫だと思うんだけど、そんなに高価な物はもらえないと思ったんだと思う。」
という答えが帰ってきました。
その街で、鉛筆一本の値段は米ドルで20セントぐらい。ボールペンだって1-2ドルで買えるのです。
でも、多くの家庭で、その一本の鉛筆が買えないがために子供達が学校に行く機会を失うのです。また、親を失ったり、見捨てられたり、はたまた犯罪から救われた子供達が住まう孤児院においては、食べさせる事すらままならず、鉛筆の購入にまわせる資金はないといいます。
彼女は、自分が鉛筆一本を持ち合わせていなかった事実が、その女の子の将来を大きく変えてしまったかもしれないと感じ、自責の念に駆られるとともに行動を起こします。
取引先である米国西海岸の観光業界各社に、文房具のドネーションを依頼し、その地域の孤児院を中心に毎年送る事にしたのです。これがPencil for kidsの始まりです。
寄付された文房具を引き渡す際には、彼女も必ずその施設を訪問し、中身をひとつずつ丁寧に紹介しますが、子供達のキラキラした目を見ると、来年もそのまた次の年も頑張ろうという力になるといいます。
米国や日本にも孤児院の用な施設は多々ありますが、少なくとも最低限の教育を受ける機会が保証されている事を考えると、鉛筆一本の為に将来のを全て否定される可能性を持つ事が、どれだけ救いようのない現実か・・・。
観光とは、光を観ると書きますが、光が当たらないところを皆に観えるようにすることも、この業界の役割だと考えます。私もこの業界に身を置く者の端くれとして、現実から目を背けずに、彼女のように向き合っていきたいと思います。