こんにちわ。全く更新していなかったブログを、3ヶ月ぶりに更新します!!!
今日のテーマは 感情の 好き について
私なりの解釈と価値観で
考えてみたいとおもいます。
よく会話ででてくる単語の一つだとおもうんだけど。
私はいまだに好きってのがよく理解できていない部分がある。
特に人を好きになるっていう分野はいまだによく分らない。
音楽が好き、犬が好き、コーヒーが好き。。。。
感情のないものに対して(ここでたとえた犬は動物だけど・・・汗)
の好きは一方的なものであってもいいとおもう。
自分の手の届くもの届かないもの、目に見えるもの、見えないもの。。。。
それは自分はいわば満足できて、安堵感や満足感を得て
自分を満たしてくれるもの。
では、それが人間だったら・・・・
必ずしも一方的でいいとはかまわない。
(芸能人等を除く)
相手にも感情があるもの
自分の対象が
物ではなく者に
なった瞬間
それは疎通ができるものと化す。
すなわち、自分の感情が相手にも
伝わるのが可能になったということ。
この状況においては
好きという感情は自分の精神を
一方的に満たすものか
ある種のツールになる
●●だから好き、とか
●●●がすきとか
ダイレクトにもインダイレクトにも
操作して相手に
自分の感情を表現するものとなる。
一方ですばらしいこと
言葉によって自分の感情が
伝わるのはすばらしいことだと思うんだけど。
好きという言葉にたいしては
誤解を招く、そしてどうして、自分が相手のことを好きなのか
どういう対象として好きなのか
非常に明確化しずらい 言葉だと自分自身の経験、考えから
強く思うんだ。
私自身はこの言葉が
好き じゃ な い
ほら、これも感情
こーやって
いつも 無限のループに陥るんだ。
そもそも
好きの判断基準ってなんなんだろう。
人によって違うんだろうけど
人はどのpointでなぜ、どうやって好きと嫌いを
わけてるんだろうか・・・。
私自身でもわかんない。
また
無限のループさ。
でも一言言えるのは
好きって言葉は
平気で使えてしまうものであり
平気で使えないもの
否定される可能性のあって
そして、傷つきやすい言葉
自分のエネルギーを思ったより
使う言葉。
たかが
言葉なのに・・・・・
誰からも好きでいて欲しい
って欲は
人一倍なのに
みんなの好きを均等に集めていたいの
みんなの好きをある程度の距離を
自分自身からおいて
そうやって
外からも中からも
自分を
守ってる。
卑怯でただの臆病者
でも
好きでいて
私もきっと貴方のことを
好き
でいるから。
私なりの
好き
で
いられるはずだから。
無限のループ
staygold
chimeny