2月中旬からコロナと大腸癌で入院していた母が、先週の金曜日4月29日に亡くなりました。86歳でした。

正月に妻子を連れて実家に行ったときには、食が細くなってはいたものの、まだ元気な姿を見せていただけに、その1か月あまり後、オヤジからおふくろのコロナ入院のことを聞かされて吃驚しました。

そしておふくろの入院の数日後、オヤジもコロナで同じ医療センターに入院。2人ともコロナは割とすぐに治ったものの、おふくろがどうやら大腸癌らしいが、高齢のため検査や抗癌治療ができないとのこと。

医療センターに1ケ月ほど入院したのち、2人揃って近くの病院に転院。同じ病院に入れたのは幸運でした。さらに1ケ月後、オヤジはリハビリの結果恢復し、退院の許可が出た矢先でした。

病院から電話があり、おふくろが癌のため出血。輸血するので、(息子の)私に会いに来てもらいたいとのこと。すぐに会いに行ったけれど寝ていて話が出来ず。

そしてその翌日、担当医から電話で話がある、とのことでまた病院へ。もう長くはないかも知れないらしい。その時、母と会って少し話ができた。「(退院したら)またどこか行こうね」と声を絞り出す母。認知も相当進んでいたのに、少し話ができてよかった。

その1週間後の早朝、病院からの電話。おふくろの呼吸がおかしい、家族で会いにきてほしいと。急遽、妻と2人の子供らを連れて病院へ。コロナのため一人ずつおふくろと面会。このときは手を握るとしっかり握り返し、目を開いて何かを訴えるが言葉にはならず。

そしてその日の夕方、オヤジから「もう危ない、すぐに来い」と電話。私が着いた午後5時前には既に息を引き取っており、5時過ぎ担当医が臨終の宣告。朝、目を開いて手を握り返したのは、最後の力を振り絞ったのだろうか。

母の死を悲しむ暇もあまりなく、葬儀屋との打ち合わせ、親戚に連絡、通夜、告別式、火葬がバタバタと進む。通夜と告別式はキリスト教式で、公益社で無事終了。教会でなくともきちんと出来たことに感謝。

昨日は区役所と年金事務所の手続きも終わり、おふくろの死に関する一連の行事がほぼ終了。今年のGWはアッと言う間の1週間でした。

明日は母の日です。母に白いカーネーションをと思ったけれど、葬儀でいただいた白い花がたくさん供えられているので、今年は態々供えなくてもいいかと。来年は実家の遺影に供えようと思います。

一人暮らしになったオヤジはまだ元気だけれど、急に生きる力をなくさないかと少し心配。ちょくちょく実家に行ってやろうと思います。まだ母が亡くなった実感があまりありませんが、ふと淋しくなるかも知れません。おふくろ、今までありがとう。合掌。