こんにちは。
今日は自分の中にある自分というタイトルを付けました。
????
どういうこと?
と思われている方もいると思います。
なぜこのような考えに至ったのかと言えば
昨日NHKで八村塁(以下:八村選手と表記)のスペシャル番組が放送されていまして
それをずっと見ておりました。
どんな番組になるのかなぁと少し冷めてみていたのですが
(別に八村選手が嫌いなわけではありません・・・)
マジックジョンソンやロッドマンが八村選手について
それもNHKのテレビの前で語っているではないですか!!!
これにはもう・・・
ビックリ
なんたって私の世代においては
それはもうレジェンドの2人が
日本人である八村選手を語っているのですから・・・・
そこから一気に番組に前のめりになって
視聴しておりました。
その中で八村選手がバスケットボールを始めてから
どのような経緯を経て
NBAにドラフト9位指名を受けるまでになったのか
経歴はもちろん
その過程の中で八村選手の心境の変化について
本人の証言も交えながら綴られる内容は
いろいろと考えさせられるものでありました。
皆さんもご存知のように
八村選手は日本人であります。
ただ、父親がベナン人・母親が日本人という
家庭で生まれました。それも「黒人」として。
両親がともに日本人の親を持つ人たちにとって見たら
黄色人種というのは
「当たり前」という認識が大半を占める
(特に私が生まれた時代、1970年代では)
かと思います。
そのような中で八村選手も
多感な小学校・中学校時代
自分だけ肌の色が周りの子と違うため
いろいろと感情に少なからず軋みがあったようです。
他のクラスから八村選手を一目見るために
休み時間に大挙クラスに押し寄せてた・・・・
そのような状況化で
「僕は一体何者なのだろう?」
という問いかけが自然と始まったようです。
あなたも考えてみてください。
もし今あなたが社会人としていらっしゃるのであれば
子供時代同じような問いかけをされたことが
少なからずあったのではないのでしょうか?
私もそうでした。
「なんのために生まれてきたのか?」
「僕は一体何者なのだろう?」
様々なクエスチョンが自らの心から
自らに問いかけるように湧いてきたことを
今でも昨日のように思い出します。
そのような中八村選手は
様々な環境や人との出会いを通して
答えを見出していきます。
その答えは
「私はユニークでスペシャル」
「私はBlackaness」(BlackとJapanessの造語)
でした。
その答えを聞きながら
八村選手が自分という存在から
逃げることなく
自分の置かれている立場を受けて入れているから
そのような答えにたどり着いたのだろうと
思いました。
とかく私は
目指すべき自分と
今の自分のギャップ(理想と現実の乖離)
に苦しみ、そこから目をそらし続けてきた
と、八村選手の言葉を聞きながら
思いました。
それぞれ置かれた立場・環境の中から
自分は何者であり、どのような人生を生きるべきか
自らの意志で選択して、その目標のために
日々の生活レベルに行動を落とし込む
それは自らのためでありながら
いつの間にか私の周りの人たちに多くの影響を与え
周りの人たちのためになりたいという衝動に変わる・・・
私の人生は紛れもなく
私が最大のコーチであり
私が最大のサポーターであり
私が人生の決定権者である。
自らの心の声に正直であり
その声に嘯くのではなく、信じ続ける
八村選手の番組を拝見して
そのように感じさせていただきました。
自分の中にある自分
それは最大の自分の味方なのだと。