今朝は自宅から行きかう人々を眺めながら六本木まで歩く。途中で見かけるのは、六本木ヒルズあたりでは会社に急ぐ若いサラリーマンが多い。毎朝感じるのは、その中でどう見ても定年間近か、定年を過ぎたスーツ姿の人々である。
私も長年サラリーマンであったので感じるのかもしれないが、中高年サラリーマンの歩きには、覇気がない。長年の人生の悲哀を感じてしまう。これは、地下鉄等の車内でも同じである。
妻子や家のローンの為に、自宅と会社の往復だけで人生を終えるのであろうか?
今は定年が少し延びて65歳くらいまで会社勤めをする人が多いと聞くが、さて定年となったら、何を目標に生きていくのであろうか。
私の長年の持論であるが、人は夢の実現の為に生きることができれば、これほど幸せなことはない。言い換えれば人並みの生活ができ自分の夢を実現することだ。口で言うのは簡単でが、これが一番難しいのである。
はたして、日本の人口一億数千人のなかで、人生に満足して死んでいけるのであろうか?
では、夢とは何であろうか。私の友人の中で、某有名私大を卒業し就職しないで、作曲、作詞で作家として飯を食おうとして頑張っている人がいる。私のところへ、将来の相談に来たのは、彼がまだ大学生4年生の時であった。その際たまたま私は某大手のレコード会社に勤務しており、音楽で食っていくのは、宝くじを当てるより難しいと彼を諭し、二束のわらじを履けばとアドバイスをした。例えば、毎年メジャーと言われるレコード会社から新人としてデビューするアーティストの数は年間で100名弱(多いか少ないかは別として)、一年後に残っているのは、片手で数える人数しか残っていない。多くは、シングル1~2毎で消えていくのが現実である。
さて、この作家は今では30歳に手が届く。大学の友人達は大手の企業で後数年もすれば役職に手が届く年齢になる。
私は、夢の為に生きる事は非常に大事だと思うが、かなわぬ夢で人生を無駄使いしてはいけない、その為には人生計画が必要なのである。いつまでに、どうなっていなければと言う計画で十分であろう。
さて、今度は夢を実現させつつある友人についてふれておこう。彼は、そろそろ30歳を越えた年齢である。彼とであったのは5,6年前であったと思う。
つづきは、次回にしましょう。