こどもの日のお散歩は大江戸線中井駅からスタートです。
大江戸線中井駅は地下深くにあるので
駅を出たとき自分がどちらを向いているのか分かりませんでした。
しかし、中井は長年仕事で通った駅なので
しばらく回りを見ていると見当がつきました。
坂の途中には古本屋、まだあるかな?
坂を上ると、水森亜土のお店があるはず。
今日は逆方向、
西武新宿線を渡り 新井薬師方面に坂下の道を進みます。
四の坂の坂下に、最初の目的地 林芙美子記念館があります。
林宅の玄関を通り過ぎ、お隣との境から入ります。
記念館に入ると左手に生活棟、右手がアトリエ棟。
アトリエ棟には北側に大きな明かり取りの窓。
左は台所、風呂場、庭に回ると居間、客間、
家の玄関を入ると上がり間と応接間。
台所の裏は女中部屋、
廊下に下がった綱を引くと屋根裏の納戸への梯子が下りてくる。
それぞれの部屋を、余裕をもって廊下が繋いでいます。
数奇屋造りとはこういう家造りを言うのでしょう。
料亭と文化住宅の複合です。
右側に戻ると
仕事部屋にしていた納戸、布団部屋、廊下を挟んで書庫
アトリエとの間には夫の緑敏と息子泰が寝室にしていた居間
こちらが芙美子たちの生活の場であったと思われます。
道より高くなった斜面の植え込みが目隠しの役割をしています。
玄関付近には、また孟宗竹がたくさん生えていたとか…
裏の崖には小道を作り、季節の花が植えられていました。
今ほど建て込んでいなかった戦後すぐのころのことです。
緑に囲まれた相当にお洒落な家だったと思います。
狭い空間を最大限に利用せねばならない私たちとは違い、
もっとゆったりした空間意識があったのでしょう。
名残惜しく、次の目的地に向かいます。
四の坂を上り、五差路を右に折れ、山手通りに出ます。
通りを渡り、新目白通りを越えるのですが道路整備のおかげで
このあたりの景観はすっかり変わってしまいました。
台地から落合への切り通しのような新目白通りを横切るように山手通りが走るのですが
通りは目新しい装飾的なマンションの並木です。
道幅も倍になりました。
しかし、
マンションの南裏に入ると
普通の2階建てが路地の両側に並んでいます。
もちろん今風に立て直しはされています。
そして、そんな路地を入った奥に佐伯公園、
佐伯祐三アトリエ記念館がありました。
佐伯は大正の終わりごろ下落合の斜面にアトリエを作り
妻子とともに暮らします。
DVDによる連作の落合風景には
雑木林や郊外に建つ家々が描かれていました。
今の建て込んだ落合風景とは全く異なる郊外風景です。
佐伯は昭和の始め再度渡仏したものの1年ほどで病没。
まだ30歳という年齢でした。
フランスで夫と娘を亡くした夫人は
20世紀後半の半ばまで
そんな郊外に建つ白い三角のアトリエ。
そのアトリエだけが記念館として残りました。
夫人が生活したであろう4畳半が、管理棟として形だけ造られていました。
通りに出るとそこは聖母病院。
次男はここで生まれました。
岩を貼った風な昔の建物はすっきりしたものに代わっていました。
変わっていく町並み、そこに住む人びと。
時間は、私の時代でも流れて行くのです。
西武新宿線落合駅がゴールになりました。