連休中のお江戸散歩は二日目に挑戦。
今日は京王線幡ヶ谷駅の玉川上水跡地緑道からスタートです。
甲州街道沿いのビル裏の南側を歩きます。
途中、緑道は親水公園や駐輪場になっていて、
お弁当を食べている人、喫煙所でタバコをしている人がいました。
暖かな土曜のおひるどきです。
緑道は西新宿の文化学園大まで続くのですが、
なぜか高速道路の下で一旦、途切れます。
東京都市開発と京王不動産の有料駐車場が
緑道を断ち切っているのですが、なぜなのでしょう。
変な感じ、イロイロ訳ありなのでしょうか。
ところで、5/28土にマナーウォークというイベントが
文化学園大などの主催で行われます。
詳しくは、Http://healthwalk.jp/manner
を!
新宿の大陸橋を越えて護本山天龍寺へ。
ここにはお江戸三鐘の新宿刻の鐘があります。
上野寛永寺、市谷亀ヶ岡八幡、内藤新宿天龍寺の三鐘。
高田馬場の仇討ちで有名な赤穂義士の堀部安兵衛は
天龍寺の長屋にすんでいたとか・・・。
昔は、ここの裏通りが鎌倉街道で、お寺はそちらむきでした。
裏通りの入り口には雷電稲荷があります。
三丁目の花園神社に合祀され社殿が残りました。
天龍寺には渋谷川の源になる井戸がありますと
ブラタモリでいっていましたので
渋谷川をちょっとたどってみます。
新宿御苑の西側を千駄ヶ谷駅に
さらに駅を過ぎ、大京町の交差点手前の角で
タモさんがチョロチョロと流れる水を見つけたところを
シャメです。
次の目標は左門町の田宮神社於岩稲荷です。
信濃町の裏は下り坂、
新宿通りを尾根に北と南は谷、四つ谷です。
学会の本部脇を下ると今度は上り
須賀町の天白神社で三十六歌仙を見て
左門町の田宮神社へ。
お岩さん、夫婦揃っての働き者、
田宮の家を復興したというのが本当の話。
田宮の屋敷社は商売繁盛のお稲荷さんへ
家内安全、無病息災、商売繁盛、開運、
さらに悪事や災難除けの神さんへ発展。
その名を頂いて、南北が時の事件を脚色し、
四谷怪談に創作。歌舞伎三代目菊五郎の芝居で大当たり。
芝居の仕掛けの複雑さから怪我も多く、祟りと結びついたのだとさ。
左門町の社殿が火事で焼けたので、
中央区新川の田宮の屋敷内に移転。
だから於岩稲荷は二つあるのだそうです。
分かったかな。フーン。
今度は、新宿通りに出て津之守坂を下り、
ちょっと入って新宿歴史博物館へ。
新宿は縄文時代から人の住むところだったのです。
落合の遺跡は縄文から近代まで層を追って出土する複合遺跡。
明治大正戦前と文明開化からモボモガと文化を支えてきた
その歴史を広げてくれる博物館でした、納得。
企画展の錦絵もお江戸を見せてくれました。
坂を下りきり、靖国通りを市谷へ。
目標、市谷亀ヶ岡八幡宮。
防衛省の前を通るころはお散歩二日目で
お尻の筋肉が痛くなってきています。
市谷本村町を過ぎ、市谷八幡町の交差点を入ると
目の前に急な石段。
二十一段登ったところに茶の木稲荷、
さらに二十六段登って亀ヶ岡八幡神社、今日のゴールです。
大田道灌が鎌倉鶴岡八幡を茶の木稲荷社の地内に勧請。
江戸時代は大いに栄えた神社でした。
明治初年の神仏分離の際に、
「神社内に、鐘撞堂あるべからず”」の達しによって、
鐘は撤去してしまいました。
鐘はもうないのです、行方はもうわかりませんと
ちょっと寂しそうに宮司さんは話してくれました。
帰りは市谷から都営新宿線です。




