「船の旅リポート」(38)その2 | JBジャムのダンスブログ

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「船の旅リポート」(38)その2


3月20日 (土) 晴


今日もいつもの船内生活パターンの連続だった。読者の皆さんも、そろそろ僕の航海記を読むのに飽きてきていることと思う。しかし、そう毎日変化に富んだ生活をしている訳ではなく、本船が航行している間は、変化の少ない生活にならざるを得ないのだ。



いつもの通り6時前に起床して、太極拳、ラジオ体操、真向法、ピースボート体操と昨日と全く同じ生活だった。午後2時から、タヒチ島からの水先案内人であるガブリエル・テティアラヒさんの「タコ・月・石」というポリネシア民族の文化についての講演を聴いた。1,300年前に現在のタヒチ島の近くにあるタプタプアテア島に太平洋に住む先住民族の祖先は移住して来たという。この島をタコの頭として、ハワイイ諸島、イースター島(ラパヌイ)、ニュージーランド島など8つの島をタコの8本の足に見たてた文化圏を作りあげていたという。また、農業・漁業などは太陰暦を用いて、月の満ち欠けで作業を行い、マラエ(石の祭壇、ラパヌイではアフ)にタコを神様として祭って信仰の対象にしていたという。質疑応答の中で、船客の1人から、画家のゴーギャンはタヒチ島の住民の絵を描いた人だが、テティアラヒさんは彼をどのように評価しているのかとの質問をした。それに対し、彼は “I hate him.” と強烈な評価を下し、唾棄すべき男だと答えた。理由として、彼はタヒチの女性を性的な対象物として弄んだ男で、彼の代表的な絵画である「どこから来て、現在、どこへ向かうのか?」は、彼にそんなことを言われなくてもポリネシア民族は昔から知っている、余計なお世話だと説明した。司会者もこのあまりの剣幕に言葉を失い、それ以上の質疑応答を打ち切って講演会をお開きにする始末だった。僕は、そうか、そんな評価をしているのかと、特にフランスによるビキニ環礁での水爆実験など旧宗主国からの横暴に対する島民の厳しい見方を改めて感じざるを得なかった。


 今日はその講演会に出ていたのと、5時半からの「24時間ピースボート」のプログラムのウォーターボーイズのパフォーマンスを見るために、デッキウォーキングは中止した。

この「24時間ピースボート」とは、24時間ぶっ続けで、いろいろな催し物が開催されるもので、主として若者たちが企画して開催される。そのウォーターボーイズのパフォーマンスとは、男版シンクロナイズドスウィミングで、若者たちがプール内で人による櫓を組んで見せる。若い女性たちや小母さんたちに可愛いと絶大な人気だ。その後、船客によるファッションショウも開催された。今回の航路の順番に立ち寄った、アジア、アフリカ、南アメリカ、ポリネシアの民族衣装を着て、男女によるファッションショウが企画された。なかなか面白い趣向だった。その後も延々夜中中いろいろな企画が発表されていたが、やはり若者中心の企画なので、僕は眠たかったせいもあって、ファッションショウを見たら船室に戻って早目に寝た。


 本日正午の本船の位置: 南緯1947分 西経14003分 水深 3,840m 速度15.53Kts 気温30℃ 海水温27℃ 風速7Kts 波高3Feet 気圧1,019hPa 日の出0622 日の入1840


 今夜、1時間時差発生。寝る前に時計を1時間戻した。東京との時差は、これで19時間となった。



3月21日 (日) 晴


 本日、岐阜県在住のH.K子さんと話をしていたら、彼女の親父さんはもう亡くなって数年になるそうだが、晩年はタイのバンチャイ文化に興味を持たれて、そこで出土したいろいろな土器類を日本に持ち帰り、私設の博物館(横田博物館)を開設したとのことであった。ペルーのリマで、天野さんは私設の天野博物館を開設し、チャンカイ文明(中国の黄河文明、エジプト文明、チグリス・ユーフラテス河流域の文明などに匹敵する南米の文明と言われている。プレインカ文明と定義されている。)を紹介しているが、横田さんもタイのバンチャイ文化を紹介しているとのことで、カンボジア側から出土した遺物は、すでにカンボジアに返還したとのことであった。このことは、岐阜県に行く機会があったら、ぜひ訪ねてみたいと思い、忘れないようにここに書いておく。


 さて、今日は春分の日だ。東京にいれば、代々木公園の原宿門の真上に太陽が昇ってくる日だ。今後、夏至の日まで太陽はどんどん南に下がって行く。しかし、船上で理解する

限りでは、今日は 太陽は赤道の真東から昇って真西に沈む日と言うことだ。


 さて、今日は明日のタヒチ島到着を前に、南太平洋航路説明会が開催された。4月9日の横浜帰港までの日程も発表された。それによると、


3月22日 タヒチ島

  23日~28日 航海 (但し27日に日付変更線を通過し、27日は1時間だけの日になる。)

  29日 フィジー島

  30日~31日 航海

4月01日~02日 航海

  03日 GET卒業式・卒業パーティー

  04日 航海

  05日 自主企画発表会

  06日 船長主催さよならパーティー

  07日 下船説明会・ファイナルイベント

  08日 パッキングデイ (下船のための梱包荷造り)

  09日 横浜帰港・下船


明日のタヒチ島到着時に十数名の船客が下船するそうだ。明日下船すれば日本で4月1日からの入社式や入学式に間に合うからだ。ともあれ、船客は帰国ムードになってきた。


 今日も午前中はいつもの船内生活パターンだった。午後からは上記の南太平洋航路説明会が開催され、続いてタヒチ島での寄港地プログラムの分科会が開催されたが、僕は「ジープでタヒチ島自然体験」のコースなので、特に分科会は開催されなかった。その時間を利用して90分間のデッキウォーキングを行った。


 夜は、同室のT2氏の誕生会だった。彼は62歳になった由で、O氏が実行委員長になって、T2氏を含めて13名でレストランでパーティーを開いた。その後、「波へい」に移って二次会。その最中に、本船はタヒチ島のパペーテ港に到着した。船客の多くは、下船して埠頭前の広場の屋台で何か食べていたようだ。明日は早く起きて、夕方5時までしか開いていないマルシェと呼ばれる市場に行ってみることにして、12時前に就寝した。


 本日正午の本船の位置: 南緯1753分 西経14728分 水深4,160m 速度15.29Kts 気温29℃ 海水温28℃ 風速16Kts 波高5Feet 気圧1,017hPa 磁針287度 日の出0547 日の入1805


3月22日(月) 晴時々スコール


 今朝は4時半過ぎに起床。皆と朝5時から開いているというマルシェ(市場)へ行ってみた。本船から徒歩10分ほどのところにあったが、朝早すぎたせいもあって、八百屋と魚屋ぐらいしか開いていなかった。それで場内をざっと見て本船に戻り、8時からの「ジープでタヒチ島自然体験」ツアーに出かけた。


 このツアーは、ウユニ塩湖へのツアーと同じように6人乗りのサファリ・カーに乗ってタヒチ島の山の中のマラエ(祭壇)を見学したり、自然の景観を楽しもうというツアーだ。タヒチ島は画家のゴーギャンで有名だが、実物は1枚も無く、あるものは全部模写だと言うし、海水浴に行こうとすれば、モーレア島やボラボラ島に出かける必要がある。それで僕は自然体験のツアーを選んだ。これが結果的にとても良かった。パペーテの街自体はとても小さいし、特にこれと言った特徴のある街でもない。その点、タヒチ島の内部には、標高2,241mのオロベナ山があり、この島が火山島であることからカルデラを形成しており、長年の浸食によって奇妙な形をした峰があったり、多量の雨が地面に浸み込んでそれが多くの滝を形成している。このツアーの総勢は船客23名と添乗員2名の計25名で、5人と6人の組に分かれて4台のサファリ・カーに分乗して出発した。島を4分の1周した辺りまでは、舗装された良い道だったが、一歩島の内側に入ると、これがものすごい悪路で、道は穴ぼこだらけ、その上昇り下りが激しく、時には20度の勾配の道もあり、これでは四駆でないと無理だ。それが延々と続くのだから全員シートベルトをしっかり締めていないと外に放り出されるようになる。危険だが面白い。運転手は多少英語が話せるので、一応の意思疎通はできるが、タイヤがスリップする場所を何度か前進後退を繰り返して難所を切り抜けた時は、皆で拍手を送ったりした。


 実際に行った所は、パペエノ渓谷で、トパタリの滝、バイハルルの滝、タヒヌ湖などを観光した。途中のダム池に、大きなウナギがいた。運転手が用意していた餌のパンを水面に投げると胴の直径が10cm、長さが1m、体表に縞模様のある大きなウナギが何匹も浮かびあがってきて、その餌を貪り食っていた。まるでウツボのようだったが、淡水なのでウツボではないと思った。


 昼食は、かつてこの島の住人が1,000名近くも住んでいたのに、今は廃墟となり、マエラ(祭壇)だけが残っている場所に宿泊小屋を建てて、観光客に食事などを提供している所で、このサファリ会社の用意したタヒチ料理を楽しんだ。最初に、マグロと生野菜をレモンジュースとココナツミルクで和えたカルパッチョ風の前菜が出た。あまりの美味しさにお代りを頼んだほどだ。続いて発泡スチロールのトレイに、タロイモ、パンの実、バナナの炊いたもの、チキン照り焼き、御飯を入れたものが配られた。どれも美味しかった。このツアーの昼食はランチボックスと聴いていたのとは、大違いで、最後にバニラ入りのケーキまで出て、最高の昼食となった。さらに凄かったのは、その辺の木になっているグレープ・フルーツ、レモン、スター・フルーツなどを自分で採って良いと言うのだ。皆、青いものまで採って大喜びだった。


 4時過ぎにパペーテの街に戻り、マルシェ(市場)で途中下車して、朝見ることのできなかった市場を見ようとしたが夕方5時にはマルシェが閉まるということで、殆どの店が既に閉まっており、所謂市場の喧騒を見ることはできなかった。そこで、最後にタヒチ島で有名な「ヒナノ・ビール」を買おうと店に入ったら、何と350ml缶が6本で18US$だと言う。このビールは値段が高いとは聴いていたが、本当に高い。それでも6本買って船室に戻った。ついでに、肴にアボカドを2US$で1個買った。


 船室に戻ってシャワーを浴び、さっぱりしたあと、6時過ぎから再度下船して、S子さん、K子さん、R子さんたちと向かいのレストランで地ビール(ブラッセリー)をピッチャーで飲んだ。その後、港の前のルロット・屋台レストランで焼きそばなどを食べた。


 本日の帰船リミットは、午後9時だった。出港は午後10時だったので、デッキから出港風景を楽しんだ。ここで10数名の船客が下船したので、デッキからテープを投げて別れを惜しんでいた。いつもながらの出港風景だった。


本船の本日正午の位置: 南緯1732分 西経14934分 水深14.2m (タヒチ島岸壁に停泊中) 速度0 気温35℃ 海水温28℃ 風速16Kts 波高1Foot 気圧1,017hPa 日の出0603 日の入1807 (昼間と夜間がほぼ12時間であることに注意)