「船の旅リポート」(36) | JBジャムのダンスブログ

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お散歩にもはまっています。でもなかなか出掛けることができません。

チャックの船旅も、いつのまにか地球をほぼ1/3 周ってしまった。

後1ヶ月ほどで私達の元へ帰ってくる。



「船の旅リポート」(36)  From Chuck



3月11日(木)晴


 本船は順調にイースター島に向けて航海中だ。船内は洋上大運動会の開催に向けて準備が進行中である。僕は、午前中は全くの定番コースで過ごしており、午前6時からの30分間の太極拳の練習、6時半から15分間のラジオ体操、終了後7時10分頃まで真向法の練習、その後レストランでビュッフェスタイルの朝食、船室に戻ってヒゲ剃りや洗顔、トイレなど。8時半から約1時間半のピースボート体操(横浜のI氏による体操)。昼までは自由時間だが、ボーイが船室のベッドメイキングに来るので、その間30分ほど船室の外で海を見ながら時間をつぶしている。その後、朝食と同じビュッフェスタイルの昼食。ここまでは、航行中はほぼ同じ時間の使い方である。つまんない時間の過ごし方と言われればそれまでだが、他の船客も多分似たり寄ったりの生活であろう。


 ところが午後からは、このところ洋上大運動会の準備のため生活が一部変わってきた。今日は午後1時に属している白組のメンバーがプールデッキに集まって、その日の行動予定や応援の練習を行った。僕は団旗の係なので2時から他のメンバーと一緒に白龍の図柄の旗作りだった。なかなか上手なデザインで、いかにも怖そうな龍の絵になった。今日は1時間ほどで作業を終了し、明日から3日間で完成させることにした。お陰で3時から時間ができたので、いつものように90分間のデッキウォーキングをすることができた。


 その後4時半から白組の大縄跳びの練習を8階デッキで行った。縄を回す人が2名で8名が縄跳びをする。僕もその8名のメンバーの1人なので、練習したが、皆が気持ちを合わせて飛ばないとなかなか上手くいかない。今日は連続10回が最高で、それでも相当疲れた。膝ががくがくしてきたし、すぐに息が上がってしまう。何とか連続30回に挑戦しようと言うことで明日も練習することになった。


 夕食の前にR10号室のI氏お持たせの紹興酒を4人で飲んだ。夕食はセットメニューで(ビュッフェスタイルではなく)、串カツだった。最近、どうも食べ過ぎの傾向があるが結局全部食べてしまった。


 船室ではT2氏が14日のホワイトデイのお返しの準備をしていた。あのセントバレンタインデイには困ったものだ。義理チョコをもらったばかりに、そのお返しで悩むなど愚の骨頂だが、何かお返しを期待しているとも言われているので、無視するわけにもいかない。僕は、来る来ないは先方の勝手ということで、「波へい」で一杯飲むご招待券を配ろうかと考えている。

 夜は視察も兼ねてその「波へい」という船内の居酒屋へ行って、賀茂鶴を1合とイカの姿焼きで飲んできた。その後、インターネットが今日は繋がると言うので、早速PCを持って無線ランができる8階中央でインターネットにつなぎ「航海記リポート」(35)を添付でメールした。OCNの僕の受信トレイには100通の迷惑メールが入っており、削除するだけで15分近くかかり、とうとうインターネット用プリペイドカードの残がゼロになってしまったほどだった。全く迷惑な話だ。


 本日夜中に1時間の時差が発生する。寝る前に1時間時計を戻すことになり、日本との時差は15時間となった。


 本日正午の本船の位置: 南緯1825分 西経9057分、水深3,843m 速度14.29Kts 気温24℃ 海水温22℃ 風速17Kts 波高4Feet 気圧1,022hPa 日の出0659 日の入1927


3月12日 (金) 晴時々曇時々雨


 今日も午前中の生活パターンは昨日の午前中とほぼ同じだった。I氏のピースボート体操では、パートナーにYさんがなってくれて助かった。彼女は遠慮会釈無くグイグイ押したり引いたりしてくれるので多分ストレッチ体操の効果が出てくると思う。当分パートナーは彼女に頼む積りだ。


 午後は、洋上大運動会の準備だった。2時から団旗のホワイトドラゴン白龍をほぼ完成させた。目と爪に金色の折り紙を張り付けたり、鱗に銀色の折り紙を切り抜いて張り付けたりした。また、全体の旗の白組の部分のペンキ塗りもほぼ完成させた。全体が乾いてから色ムラなどを部分調整することにした。


 4時半から30分間で、ムカデ競走の練習、大縄跳びの練習、フラフープくぐりの練習などを行った。今日はまだ選手が全員集まっていなかったが、相当疲れた。僕がこれだけ疲れるのだから、他の人も疲れている筈だ。事故が起こらないことを祈る。


 本日正午の本船の位置: 南緯2051分 西経9617分、水深4,319m 速度13.21Kts 気温27℃ 海水温23℃ 風速14Kts 波高6Feet 気圧1,023hPa 日の出0621 日の入1847 針路240度 先日来進路は240度でカヤオを出港してからイースター島まで一直線に航行している。多少海流の影響や風の影響で針路の微調整はするのであろうが、少なくとも海図上に引かれた航路は一直線で15日未明にイースター島に到着予定である。


3月13日 (土) 晴


 今日も通常通りに起床して、太極拳、ラジオ体操、真向法の練習をこなした。今朝は昨日に引き続きI氏とF氏が教えて欲しいということで参加した。I氏は腰が相当固くなっており、殆ど前屈はできない状態である。継続は力なりと毎日練習することを勧めた。僕はまだ第4のポーズで後ろに倒れた時に膝が上がってしまうので、なんとか数年内にきちんと膝をつけたまま倒れることができるようにしたい。明日から日頃親しくしているYさんがコーチで参加してくれることになった。


 野球帽がとても汗臭いので、昨日洗って干しておいたが、今朝なま乾きの状態のものの臭いを嗅いだら、まだ汗臭い。あわてて今朝もう一度洗い直した。デニムの生地だからかなとも思うが、一度カンカン照りの天日に干す必要がある。


 今日はイースター島の航路説明会や寄港地プログラム説明会があった。僕は「ラパヌイの若者との交流会」に参加する予定であるが、イースター島には本船が接岸できる岸壁や桟橋が無いので、沖に投錨して、そこからテンダーボート(通船)で約10名ずつが上陸する予定とのことだった。「テンダーボート」とは、僕にとって40数年ぶりに聞く懐かしい言葉だ。丸紅に入社して東京化学品に配属となった時、米国やヨーロッパからケミカルタンカーで輸入した石油化学品の検品立会いに行ったものだ。沖に停泊している大型のケミカルタンカーから日本国内用の小型のケミカルタンカーに、その石油化学品をパイプで繋いで受け取るのだ。この石油化学品は、洗剤や合成繊維の原料になる揮発性の高い危険物だった。それで、僕は沖のケミカルタンカーにテンダーボートに乗って行き、舷側から垂らされた縄梯子を使って乗船し、貨物の受け渡しの書類に丸紅を代表してサインしたものだ。今日の寄港地プログラムの説明会で、テンダーボートと言う言葉を聞いてとても懐かしく思ったのは、そういう経験があったからなのだ。


 イースター島では、住民の若者たちに島の伝統や島民としてのアイデンティティを持たせる活動を行っているNPO法人の主催者のお宅に伺って、モアイ像を彫ったり、島の伝統料理を食べたりして文化交流を行う。その後、アフトンガリキのモアイ像を見学して帰船する予定だ。


 今日も一日洋上運動会の準備で忙しかった。団旗の色塗りはほぼ完成した。また、全体の旗の白組の担当部分もほぼ完成した。さらに、デッキで大縄跳び、フラフープリレー、ムカデ競走の練習をした。もうくたくただった。運動会当日まで身体がもつか心配になってくる。


 さらに今日はフォーマルディナーの日だった。同室の3人にO氏を交え、僕以外の3人の共通の知人の女性3人の合計7人で夕食のテーブルを囲んだ。久し振りにネクタイを結んだら、前が長すぎたり、後ろが長すぎたりして3度も結び直した。夕食後、男性4名で「波へい」に飲みに行き、僕は「ほろ酔いコース」と名付けている西条の賀茂鶴2合を飲んで船室に戻った。


 今夜はマスカレードを付けた仮面舞踏会も開催されていたようで、主として女性たちが自分で作った仮面風メガネをかけてはしゃいでいた。僕は行かなかったが、遅くまで騒いでいたようだ。


 時差に関して妙なことが起きた。イースター島は、今日で夏時間が終る予定であったが先日のチリ大地震で夏時間が4月3日まで延長されたので、時差を1時間進めてくれとの発表があり、今夜12時を午前1時にすることになった。日本との時差はこれで14時間に戻った。


本船の本日正午の位置: 南緯2307分 西経10120分、水深3,577m 速度13.05Kts 気温26℃ 海水温23℃ 風速12Kts 波高6Feet 気圧1,024hPa 日の出0641 日の入1804


海水の色が今までのにぶい灰色から濃い紺色、群青色に変わってきた。紺色の海と砕ける白い波頭のコントラストがとても鮮やかだ。いよいよ南太平洋に入ってきたのだ。明日は、イースター島のモアイ像に関するセミナーもあるようなので、運動会の準備の合間に出席したいと思っている。