2月26日(金) 晴
今朝は6時前に起床して朝シャワーをした。朝食は7時からで出発は9時だったので、朝食後日本大使館の前の道をひたすら歩いて往復小1時間の散歩をした。一帯はプラタナスの大木の街路樹が道路の両側に植えてあり、高級アパートか高級マンションが林立した通りだった。
観光バスは9時丁度にホテルを出発し、市内観光を開始した。僕たちはいわゆる新市街に投宿していたが、見物するところは旧市街にあり、朝のラッシュアワーと言っても9時過ぎで、かつ夏休みの最終週ということだったが、それでも目抜き通りは混んでいた。特徴的なのは、やたら路線バスが多いということ、それも2両連結のバスが目についた。サンチャゴは、チリ国最大の都市で首都である。人口650万人で総人口の3分の1がこの街に住んでいるそうだ。言い換えれば、他の場所には住めないからなのだ。砂漠や山岳地帯が多く、人間が集まって住める場所は限られている。
午前中だけの市内観光なので、お決まりの最短モデルコースと言うことで、モネダ宮殿の外観(ここでは予期していなかった衛兵の交代式に遭遇した)、アルマス広場、大聖堂などを観光した。スペイン人が入植して作った街で400年以上の歴史がある街なので建物もそれなりにヨーロッパ調である。アルマス広場では有料のトイレを使用したが現地通貨の300ペソだと言う。現地通貨が無いので1US$(約500ペソ)で勘弁してもらった。高いオシッコ代だった。
その後、サンチャゴ市内が見渡せるサンクリストバルの丘の中腹に移動した。展望できる場所は公園になっていて途中に日本庭園があったが内部を見る時間は無かった。展望できる場所は頂上へ向かう途中だったが、サンチャゴ市内が見渡せた。驚いたのはスモッグの酷さだった。霞んでしまって見えないほどだ。東京でも夏の蒸し暑い日に光化学スモッグの警報がでるが、サンチャゴのスモッグはそんな比ではなさそうだ。この下で市民が生活しているのかと思うと恐ろしくなる。夏は乾季で雨も降らず連日30℃を超える天候で重油を利用した路線バスやタクシーが走り回るとこうなるのか。サンチャゴはきれいな街だが、こんな空気を吸っては住みたくない。
昼食は中央市場の中のシーフードレストランで摂った。カニの足を食べているお客もいたが僕たちはブイヤベースがメインだった。ここでもピスコサワーがふるまわれたので、つい飲んでしまった。ビールもチリの2大ビールメーカーのクリスタルが出たので、これが飲み納めと思い1本飲んだ。高山病対策の薬を飲みながらアルコールを摂取していては意味が無い。
昼食後、サンチャゴ空港へ行き、今夜の宿泊所であるウユニ塩湖近くのサンペドロ・デ・アタカマへ向けて出発。ここへは、カラマ空港経由で行くが、飛行機の席は右側の窓の席が無く、またもや左側で太平洋側。とうとう雪をいただいたアンデス山脈を堪能することができなかったのは残念の一語につきる。飛行機は太平洋岸に沿って北上し、6時にはカラマ空港に到着。そこから2台のマイクロバスに分乗して、一路サンペドロへむけて砂漠の中を疾走した。道は舗装されていて快適。9時前にホテルに到着した。遅い夕食で肉が出たが、高山病対策で食べ過ぎないようにした。
2月27日(土) 晴後少し雨
今朝明け方にチリ国南部の都市コンセプション近くで非常に大きな地震があった。こちらのTVは、朝からこのニュースで大変だ。僕たちが昨日の午後までいたサンチャゴ市内でも被害があったらしい。またピースボートが現在向かっているヴァルパライソでも被害があったので、明後日に予定通り寄港できるのか心配である。僕たちは昨夜はサンペドロ・デ・アタカマと言う震源地から2,000Km以上北の村に宿泊していて危うく難を免れた。もし、サンチャゴ市内にもう1泊していて今日こちらに来ることにしていたら、予定通り来れたかどうか判らない。この大地震のニュースは当然日本にもすぐ伝わって読者の皆様は心配されたかも知れませんが、僕は無事ですからどうぞご休心下さい。それよりこの大地震による津波が日本に行くのではないかと心配しています。
僕たちは予定通り、今朝は8時に出発して150Km歩ど南に位置するミスカンティー湖を目指した。アタカマ塩湖の東岸を南下した。アタカマ塩湖は現在は完全に干上がっており、サンペドロ・デ・アタカマから扇状に南に広がっている。その広いこと、幅が50Km,長さが100Kmと、とてつもなく広い。嘗ての湖底が延々と広がっていた。一部草が生えていたり、一部植林などもしたりしていた。
途中でチャクサ湖でフラミンゴを見たりしながら、ミニーケ山(5,910m)の麓に神秘的な青い水をたたえて横たわるミスカンティー湖を観光した。本日の最高地点で約4,300mの地点からの展望だ。水面までは降りなかった。幸い、高山病にはならずに済んだ。薬をきちんと飲んでいるし、水分を十分摂って、かつ急激な動きは控えて、歩行もゆっくりゆっくり行った。明日は、最高地点4,800mの峠を越える由なのでさらに高山病対策を講ずる必要がある。
その後、「月の谷」と呼ばれる地域を観光中に、何と雨が降り出した。この地域では年間降雨量がわずかに50mmと言う中で、雨に遭遇するとは、ラッキーと言うべきか。お陰で一部観光地点を割愛したが、この雨がウユニ塩湖に降ってくれることを期待したい。
観光地の報告以外に今日の特記事項は、バスの座席を進行方向右側に占め、かつ乗車人員に余裕があったので僕1人で2席を確保でき、隣に誰もこなかったことだ。右側は南下する関係で日陰側になり、往復とも非常に楽だった。明日は、いよいよウユニ塩湖へ向けて北上する。途中でチリ国からボリビア国に入国する。四輪駆動車に4人ずつ乗車するとのこと。北上するので、何とか席を左側に取るように努力するつもりである。そうすれば今日と同じように日陰側になり何かとらくだから。
今日は同じホテルに連泊なので楽だ。昨日洗濯したシャツ類もしっかり乾いていた。6時過ぎにホテルに戻って、8時からの夕食前にシャワーを浴びたり、デジカメの充電をしたり、このリポートを書いたり、結構忙しく過ごした。僕がこうして過ごしている間にツアーメンバーたちは村へ買い物に出かけたそうだが、その中のWさんが財布を落とされたとのことで本当にお気の毒だった。僕も落とさないように気をつけよう。
今夜の夕食は、村のメイン・ストリートにあるレストランだった。8時が8時半の開始になり、それも南米スタイルでゆっくりゆっくりなので、コーヒーが出る前に10時になってしまい、コーヒーは敢えて飲まずに僕はホテルに戻った。食事の間も欠伸が何度も出た。ツアーメンバーの中には、サービスで出たピスコサワーやビールなどを飲んでいる連中もいたが、僕は高山病対策の薬を飲んでいる身なので乾杯用のビールをグラスに半分ほど飲んだだけで、それ以上は自重して飲まなかった。
ここで読者の皆様に、高山病対策の薬とは、一体どのような薬なのかを説明しておきたい。その前に高山病とは、「低地から低気圧、低酸素の高地に上がったとき、身体が適応できずに起こる一連の症状」を言う。具体的には、標高1,500m以下の低地から、2,000m以上、特に2,500m以上の高地に48時間以内の短時間で到着した場合や、さらにその高度から1日に高度差500m以上に上昇した場合に発症する。高山病の発症には、かなりの個人差があり、一般に高度が高く、上昇速度が速く、睡眠時の高度が高いほど発症率が上がり、重症化する。特に低地から飛行機で一気に高地に上がると症状が出やすくなる。今回訪問するクスコの標高は3,400m、ティティカカ湖は3,800mでリマ(30m)から飛行機でいきなり上がってきた場合は、3人に2人が「山酔い」と言われる軽度の高山病を発症すると言われている。症状としては,頭痛、倦怠感、耳鳴り、吐き気、腹部膨満感などで、頭痛は起床時に起こり、時間とともに軽減する傾向がある。また、就寝後の頻繁な覚醒や不眠感なども典型的な症状の一つである。高山病は重症化すると肺に水が溜まる「高地肺水腫」や脳がむくむ「脳浮腫」になり、適切な治療を受けるとともに急いで酸素の濃い低地に降りないと死亡することがある。
以上が高山病の説明だが、予防策としては下記がある。
1. 高地に到着後1週間は過度な運動は避ける。
2. 高地到着日と翌日はアルコールの摂取と睡眠薬の内服は避ける。
3. 水分を十分摂る。
4. すぐにエネルギーになる炭水化物を多く摂取する。
5. 首を激しく動かしたり、急いで歩いたりしない。全て、ゆっくり。
6. 湯船にお湯を張った風呂は利用せず、シャワー程度に抑える。
7. 頭痛など高山病の症状が出たら、遠慮せずに酸素を吸い、静かにしている。
高山病対策の薬としては、酸素を吸うこと以外に、アセタゾラミド(主な商品名ダイアモックス)がある。この薬は、脳血管を拡張させ、脳の血流を増加させることにより脳の低酸素状態を改善させることを目的としている。同時に、呼吸中枢を刺激し、呼吸回数を増加させ、結果的に血中酸素濃度を増加させる。高山病予防のためには、高地に到着する前日から到着後3日間、125mg(1/2錠)を1日2回服用する。僕は、今回、これを服用している。お陰で、今のところ高山病は発症していない。しかし、今後はさらに高い場所に移動するので、十分注意する必要を感じている。