チャックからのリポート(2) | JBジャムのダンスブログ

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年が明けきらないうちに、チャックからの第二伸です。


船 ピースボート地球一周「船の旅リポート」(2)


 本船「Oceanic号」は2009年12月28日(月)快晴の空の下、横浜港大桟橋を出港予定時刻13時を遅れること5分で太く長く吹鳴する汽笛と共にゆっくりと離岸した。12時前から9階の本船側デッキと大桟橋との間で色とりどりの紙テープの交換が行われていたがそれもいつしか切れて、「行ってらっしゃい」、「行ってきます」の歓声が次第に海風に代わって行く中を、タグボートが先導して、本船は自力で横浜ベイブリッジをくぐって、東京湾口へ向かって、103日間の地球一周の航海を開始した。

 昨夜は自宅で今日の出港を期待してなかなか寝付けず今朝は少し寝不足だった。又、今朝もいつもの通り早朝ウォーキングをこなしてから出発しようと思っていたのに、起床すると外は生憎の雨。残念だったがウォーキングを辞めて、血圧を測ったりいつもの儀式と部屋の中で6時半からのラジオ体操だけは行った。その後、今夜から船室で測るために血圧計をリュックサックに収納し、自宅で見る電子メールの最後のチェックを完了。PCも別のバッグに入れ、その他いろいろな道具類も準備した。これで今日運ぶ荷物は2個となった。9時15分過ぎに自宅を出発し、千代田線代々木公園駅―表参道―渋谷―東横線で日本大通りまで電車を乗り継ぎ、横浜大桟橋には10時半に到着。乗船は11時からと聞いていたが、既に出国手続きが始まっていた。型通りの手続きでパスポートに出国のスタンプを押され、桟橋の長い廊下を降りて本船の舷側より乗船した。


 割り振られた船室は6階のRXX番。進行方向左側(スターボード・サイド)で2個の丸窓がついた3人部屋で、同室者は昭和18年生まれの山梨県河口湖在住のT氏と昭和22年生まれ大阪府交野市在住のT2氏。結局、僕が最年長者ということになった。乗船後お互いの簡単な自己紹介をして各自荷ほどきにかかった。収納場所は、各自のロッカー、ベッドの下、ベッドと壁との間のスペースに段ボール箱を置いてそれを利用。これで、向う103日間を過ごすことになる。早速、スーツケースから背広を出してロッカーにかけて皺を伸ばす。今日は全部の小物は出さず、必要に応じて出すことにする。取り敢えず自分のベッドは、窓側の1段の側のベッドだが、病院の大部屋のようにベッドの周囲をカバーするカーテンが無く、むき出しで、2段ベッド側から丸見えなベッド。これが一寸気になったが、まあ野郎ばかりだし、すぐに慣れるだろうと高をくくって我慢することにした.。


 本船が用意した乗船後の今日の予定は、12時半から出航式で乗客全員にシャンパン(もどき)が紙コップで配られ本船と岸壁の間でテープが投げられ、13時5分に離岸。15時から船内生活オリエンテーション、17時30分と19時30分から船内案内ツアー。その間、11時30分から船内レストランでビュッフェ形式の昼食、17時30分からセットメニュー形式の夕食が用意されていた。

 こうして船の旅の第一夜は、船室でまごまごしているうちに静かに暮れて行き、東京湾を出て相模湾沖に出る頃には、風波がやや高くなってきて、本船がかすかにローリングをしているのを感じつつ、眠りに落ちて行った。


 乗客は約500名弱とのことで、具体的に何名という数字は聞いていない。度重なる出港延期(11月24日⇒12月14日⇒12月28日)により、帰港日が来年4月以降になってしまうことから日程が合わなくなって乗船をキャンセルした人も多くいたと聞いている。ピースボートの魅力の一つは、船賃の安さだが、その安さを実現させるためにスクラップ寸前のボロ船をチャーターしているのが、日程変更の原因であると言われている。ここで、本船「The Oceanic」号について書いておくと、1965年建造、総トン数 38,772トン、全長 238.4m、全幅 29.4m、乗客定員 1,550名、巡航速度 約30km/毎時という。この間まで2週間、和歌山県でドックに入って修理していた由。船員も世界各国から集められており、船長はイタリアン、航海長はブルガリアン、下級船員に至ってはどこの国の人間か判らない。レストランのウェイター、ウェイトレスはインドネシアンが多いように見受けられた。


 航海第二日目、まだ紀伊半島の手前くらいを航行中に目が覚めた。時計を見ると7時だったが、やはりあまり熟睡/爆睡したという感じはない。早速、同室者のT氏、T2氏と連れだってビュッフェ形式の朝食へ行った。レストランは自分達の部屋がある6階にあるのでとても便利だ。やはり船内の階段を昇り降りするのは大変だから、同じ階で水平移動で済むのはありがたい。今朝は自宅にいれば毎朝行う早朝ウォーキングやラジオ体操も無いので何となく落ち着かない。朝食後、散歩しようと思い8階のデッキを歩いていて、偶然キッズルームの絨毯敷きの場所を見つけたので真向法の練習をしていると、そこへ今朝からヨガの練習をする連中がやってきた。それで自分も仲間に入れてもらって思いがけず身体を動かすことができた。明日から毎朝9時から練習すると言うので参加することにした。


 本船の今日の行事は、早速10時から避難訓練、13時15分から基隆(台湾)・マニラ(フィリピン)の入国必要書類の引き渡し、14時からアジア航路説明会、水先案内人の紹介、船長との写真撮影会、17時30分から正装してのWelcome Formal Dinnerがあった。正装と言っても、自分は普通の背広しか持ってきていないので、それを着て出席した。同室者も同じく背広で参加。それでも乗客の中には、紋付き袴の男性や着物は勿論チャイナドレスやカクテルドレスの女性もいた。タキシードの男性は見かけなかった。Dinnerでは、本船から赤ワインがグラス1杯分だけフリーででたが、それ以上飲みたい人は有料だと言う。因みに、本日のFormal Dinnerのメニューを下記しておく。



  シーフードのパイケース詰めサラダ仕立て
  クリームパンプキンスープ

  牛フィレ肉のローストマッシュルームソース

  パン (または ご飯)

  デザート: チョコレートブラウニー ベリーソースかけ

  コーヒー (または 紅茶、日本茶)


 夕食後、ディナー・テーブルで隣に座った大阪府堺市から乗船しているO氏が、「自分は鼾が激しいので一人部屋に入っているが窓の無い部屋で牢屋みたいで寂しい」と言い、密かに焼酎の「いいちこ」を1本持ち込んでいると言うので、彼をRXX室に招待し、そのお持たせの「いいちこ」を飲むことにした。実は、20時30分から本船主催のWelcome Partyがあり、それに続いてShall We Danceの時間が組まれていて、それに参加することを予定していたが、部屋での「いいちこ」パーティの誘惑に負けて、ダンス・パーティには参加できなかった。げに恐ろしや、アルコールの誘惑は。結局、部屋で10時過ぎまで飲んで、一本空けてしまった。4人で一本だから、1人あたりは大した量では無かったので、船内の自動販売機でビールを売っており(キリン一番搾り350ml1本300円)、それを買いに行くと言いだしたが、まだ先が長いので今夜はこの辺でお開きにしようと言い11時前にO氏にはお引き取り願った。


 明日は時差が発生するので就寝前に時計を1時間遅らすことにした。腕時計、目覚まし時計、デジカメの時計をリセットした。船旅が良いのは、急激な時差調整が不要で大体数日置きに1時間ずつ調整するので、西回りでも東回りでも身体への負担が軽くて済む。その点、飛行機は近場のアジアの近隣諸国以外は、到着と同時に数時間、ヨーロッパでも7から8時間、アメリカ大陸だと日本とはいきなり昼夜逆転するので、いつも時差調整に苦労した。加齢とともにその時差調整に要する時間も長くなっているような気がするから、尚更だ。船旅ではせいぜい1時間だし、ましてや西回りだと1時間ずつ遅れて行くので楽なものだ。と言うわけで、夜の11時を10時に戻して就寝した。


 もう一つ重要なことを書き忘れていた。トイレと風呂だ。トイレにはウォッシュレットはついていない。自分のような地主(痔主)には、ウォッシュレット無しはつらい。そうなると毎度イスラミック・スタイルでお尻を洗わないといけないが、我がRXX室にはシャワーはあるがバスタブはついていない。蛇腹式のシャワー・ノズルを伸ばして尻に向けて水を出し洗う。そのスタイルを想像してみてほしい。向う103日間、このスタイルかと思うとゾッとしませんか!従って、今後は、用を足した後にシャワーを使うことを考える必要があるが、出物だからそう都合良く行ってくれるものか。先が思いやられる。


 今回はこの辺まででリポートはお終い。明日は、基隆(台湾)上陸だ。



以上チャックからのレポート。

さてチャックはどんな新年を迎えることになるのか。

次回レポートを期待しよう。

みなさん、よいお年をお迎えください。