種まきです。


先週の金曜日、娘(小6)が初めてカウンセリングを受けに行った話です。


訪れた相談室は住宅地にあるご自宅を使っていて、出てきた先生はHPの画像(白衣)とは違ってカジュアルな服装で迎えてくれました。割とほんわかした雰囲気の先生でした。

HPによると、看護師や情報管理の仕事を経て?公認心理師として仕事しているそうです。


問診票を書いてから早速カウンセリングになったのですが、娘が「一人で受けたい(母に内容を聞かれたくない)」という姿勢だったので、私はそのまま席を外しました。


なので、何を話したのかはほぼ不明ですが…


1時間ほどして戻ってくると、娘の目の前のゴミ箱にはいくつかティッシュが捨てられていました。泣いたようです。



先生は私にも簡単に質問をしてきたけど、娘的にはあまり話されたくないんだろうなと思って、軽く返しただけですが。


先生の感想?としては

「かなり真面目でゼロヒャクで考えてしまっているのが苦しいんだと見受けられる」

「学校に戻りたいけどいろいろ怖い気持ちはわかるけど、やっぱりそこはいつかは越えないといけないのだろうという事は本人にお伝えしたい」

みたいな事を言われました。


まあそうだろうな、と思いながら聞きました。


ふと見ると、相談室の机の上には、根本裕幸氏の本が飾ってありました。

なるほど。

自分にやさしくする、いじめるのをやめる、そういう段階の相談にこの先生は向いているのだろう。

とりあえず娘は、ためこんでいた気持ちをいくらか吐き出したのだろう。


小学校のスクールカウンセラーは、システマチックというか、理論的というか、娘ももう少し心のエネルギーがたまった段階ならいいかもしれない。だから今はまだSCとの面談はきついかもしれない。


娘が受ける初めてのカウンセリングには、よかったのかもしれない。


そんなことを思いました。



家に帰宅してから、車を降りた娘はそのまま玄関先に仰向けで寝転がり(天気がとてもよかった)、しばらくの間ボーッとしていました。


カタルシスじゃないけど、泣いたことでちょっとスッキリしたのかもしれないな。



しかし、それを見てこうも思いました。



今日初めて会った人に、自分の秘密の気持ちを打ち明け(全部じゃないにしろ)、涙まで見せてしまった。


こんな体験を、何歳で私はしたっけ?

カウンセリング自体があまりないけども、

大人になって受けたとしても、その後の自分の中での気持ちの処理がけっこうセンシティブになっている気もする。

相談という体験は、人によっては下手するとトラウマになるような非常に繊細な行為かもしれない。


娘は何を感じただろう。



不登校の子どもの心理状態は、らせんを描くように少しずつ回復していく。

というコメントをX(旧Twitter)で見かけました。


見た目ではまた後ろ向き、ネガティブに陥っているように見える娘。


学校に戻る、という道はもう固執せず、

「こんな自分でいいな」と思えるような道を見つけることができたらな…

世界は、社会は、厳しくもあるけど、やさしい部分もたくさんある。

いい加減だからこそ、美しいことも、かけがえのないことも、たくさんある。


そういう風に見えてきたらいいなー


と、思った週末でした。



まあ、自分自身もいろいろと考えることのあった1週間でしたが、それについてはまた書きます。



なんだかんだで、私は幸せなのだな。


ではまた!