種まきです。
前回の続きです。
よりよい毎日にすべく習慣づくりに取り組んでいた私が、習慣をくり返すことでさらなる自分へのダメ出しに励んでいるのではないか?
という疑いが沸いてきたところです。
(書いている自分が冷たすぎて震える…)
今の自分じゃダメだ
↓
だから習慣化に取り組まなければならない
↓
でもできない(かもしれないという不安)
↓
本当はできる自分なのに・・・
そう、まさにこれです。
本当は私は、自分が好きで、自分は能力があると信じているのです。
なのに、
できない日もある
⇒またできないかもしれない…(不安)
⇒できない自分なんて見たくない(ダメ出し)
⇒やっぱり自分はダメじゃん。
こういった図式に陥っていることに気づきました。
いやちょっと待て…
じゃあ、そもそも私は習慣づくりを何だと思っているのか?
④「習慣化とは?」
・雑念を考えないですむこと
・レベルアップする手段
・無理しないで生きやすい自分に近づける
・続けられたらかっこいい
・無限の可能性
いやちょっと待て…ww
なんか習慣づくりで得たいものの理想が高すぎやしないか???
(無限の可能性て)
どんだけ習慣化で変わりたいと思っているんかwww
そしてそれができない何もしない自分は、どんだけダメ人間だと思っているのか!!
【ここまででわかったこと】
・せっかく習慣づくりに取り組んでいても、(急な予定や感情で)邪魔されることがある。
・しかし実は、「邪魔だ」と思っていることのほうが習慣行動より大事だと考えている(いや、それは後付けの理由で単に取りかかる負担が大きいだけでは?)
・習慣づくりに取り組むことで得られる自己イメージが理想高すぎる
・できる自分はすごいんだと能力を認めさせたいと思ってたりもする
なんだか習慣化を勝手に壮大化して、自分のエゴをより強大化するための至極のツールみたいに考えすぎているかもしれないと思い不安になりはじめました。
ダメだ。エゴに弄ばれてる。
基本に立ち返ろう。
最後のアウトプットへ。
⑤「習慣化のいいところは?」
・やると達成感がある
・いろんなことをやる時間が増える
・日々の違いに気が付きやすい
・意外とできてる自信がつく
・なんかかっこいい
・人格が定まってる(定まってほしい)
そうだよ。
私が実感してる、習慣づくりのいいところは、
「いろんなことをやれるようになる」=「まだまだやれる時間があることを実感できる」
そして、
「軸ができてくる感覚がもてる」
なのだ。
とりあえず、たぶんそれが習慣づくりを続けている一番の理由だ。
<まとめ(最終)>
・私は習慣化から「いろんなことをやる時間が増える(可能性が広がる)」「自分軸ができてくる感覚がもてる」というメリットを得ることを大きな目的として取り組んでいる。
・しかし、時々その日の習慣を邪魔するものが現れると、邪魔に対する怒りや不安(エゴ)が優先し、「自分など大した事はできない奴だ」という、なかなか消えない「過去の自己イメージ」が大きくなってしまう。
・過去の自己イメージ(エゴ)が勝つと「本当は自分はできるのにできない」「またできなかった」=ダメな自分
を生み出し、習慣化が止まる(サボる)
・「習慣を続けると、すっごい可能性が広がり、自分は生まれ変われるのになあ!」という高すぎる理想と現実のギャップが、さらに循環のストップをかけている。
ざっと見て、自分でも驚くような深層心理ですが…
最初の投げかけである、「習慣化を妨げるものには、何が必要か?」
その答えは?
ひとつは、
ネガティブな感情が沸いた時の自分の声(のふりをしたエゴ)に耳を傾けない。
あなたはそう思うんだね。
ちょっとあっちに行っといてくれる、私は今からこれをやるから。
と、邪魔する思考を別室に追いやる。
頼まれた急用はこなせばいいだけで、
終わったら習慣を開始すればいいだけ。
沸いてきた不安は大体が私ではなく他人の課題(問題)だと理解する。私が脅かされているのではない。(そしてそれらのほとんどは実際に起こらない)
そしてもうひとつの答えは、「理想化せずに等身大で習慣づくりをする方法」を確立すること。
そう、先日紹介した『先送り0』と『続ける思考』が、まさにそこへと導くヒントになってくれそうです。
習慣は楽しい。
習慣は仕組み。
できたできなかったに一喜一憂することではなく、「続けること」に集中する。
どれだけタスクができたか、ではなく、
「日々のログ」それ自体が重要。
習慣の取りかかりは、めちゃくちゃ小さく簡単にする。
※「毎日1分でも本や読みものを進める」というのを最近の習慣にしています。
今回の深堀りで、
もっと「習慣づくり」をフラットに、シンプルに捉える必要があるということがわかりました。
また、深層心理では、必要以上に自分をダメ出ししたり理想を高く持ちすぎていることもわかりました。
いくら改善したとしても、私を構成するものの本質上、まったく違う人格にはなれないでしょう。
なので、「こういう自分なんだ」と受け入れる。
「クヨクヨしたり、時々ものすごく暗くなることもある」
「でも永遠ではなく、しばらくしたら前向きに上がってくる」
まずはそこを表面的にではなく、しっかりと落とし込むことが大切。
そのようなことに気づけた数日間でした。
…2回にわたり、長々とした文になりました…読みにくかったらすみません。
皆さんは習慣とどんなふうに向き合っていますか?
今回の私の出来事が少しでも毎日をふり返るきっかけになればいいなと思います。