種まきです。
7月の終わりにキャンプをしようとママ友さんにお誘いいただいてたのですが、
うち一人のママ友さんが「海辺の夏キャンは暑さが心配」という意見が出て、このママさん家はベテランキャンパーということもあり、じゃあ時期改めて延期にしよう、という話になりました。
実は私、今回のキャンプにあたって、カレンダーに
「キャンプまであと○日」
と書いていました。
普段しません。
今回みたいなイベントのカウントダウンはもちろん、
誕生日の飾りつけとか、終わった後のイベントムービーとか、そういう事「全然しない人」
そういう枠で過ごすことに長年定着していました。
で、まあ、このブログ再開したのもそうなんだけど、ここ数週間にいろいろ考えを深めた結果、「無理に頑張るんじゃなくて、できること」をやってみようと、思いました。
で、キャンプも
「あと20日」
「あと10日」
「あと3日」
まで書きました。
そして延期になった。
それで、思いました。
これもし、
「あと○日」と書いてもいなかったら、
なんの「楽しみたい願望」も生まれなかったのだな
と。
私は「書いただけ」で、サイトの予約もしていないし、何の準備も始めてなかったので、本当にカレンダーに書いただけなんですけど、
ちゃんと「あと○日」と形にしたことで、
それが延期(今月上のキャンセル)になってもガッカリせず、きちんと受け止められた、ような気がしたんですね。
なんか言っていることが普通と反対な感じですが。
つまり、
今まで私はそういう「楽しみだなー」な気持ちを外に「生み出して」きませんでした。
具体的には
「忙しいのに・・・」とか
「準備が大変・・・」とか
「面倒くさ・・・」とか
ズイブンダナオイ
本当にそういう被害者立場で物事を「処理」しようとすらしていたんですよね。
(未就学児を抱えフルタイムで忙しい時代でした)
かといって、それを反省して、張り切って子どもの誕生日パーチーを飾り付けてみた時がありましたが、
「なんか違う・・・」
と思って、トライしたのに自分にOK出してあげなかったです。それはただの自己満足にすぎなかったとか思ってしまったのですね。
何もしない、だと、「何もしなかった」と後悔や罪悪感が生じる。
張り切りすぎても、予定外が起こったりして「○○のせいで・・・」と他責思考が生まれる。
中道くらいの、「楽しくなるといいな」くらいで「軽い」気持ちを形にしておくと、
想定外の結果になっても、案外楽しめる。
のではないかな?
と今日思ったところです。
まあ、なんでしょうか、
この「願いを放つ系」の話は、いろんな人がいろんな説明しているかと思うんですけど、
どうでしょうね?
ノートに書いたり、過去形にしたり、私もいろいろハウツーもやってみましたけどね。
宝くじって、当たるといいなと思ったら当たらないって言うじゃないですか。
願望って、気合を入れると「曲がっちゃう」のかもしれないですね。
だとしたら、望みたいのに望めない。
難しい理論です。
とりあえず、ポイポイ投げてみたら(形になるように軽く行動してみたら)本当の自分の願いがわかるのかもしれないですね。
のびのびとイージーに。
明日も自分優先で過ごしたいです。