うちの小学生の長女は、現在不登校です。
昨年の5月の連休明けから、パタッと行か(け)なくなりました。
なので今、不登校2年目です。
まったく行かないのではなく、月に1~2日程度のペースで学校へ足を運んでいます。
2時間だけ、とか、放課後だけ、とか。
無理して行かせたりはせず、声かけはするけど本人の気持ちを優先して対応しております。
自分ちがそうなって初めて、不登校の子の親御さんの心情をいろんな場所で見かけることが増えました。
本当にたくさんの、行き場のない言葉があちこちに充満してる感じです。
どの気持ちも、すごくよくわかります。
もちろん、子どもの言い分というか声を一番聞いてあげるのがすべての家族にとっての近道です。
でも子どもの不登校というのは、とても親だけでは抱えきれない、ともすると自分達の存在理由を壊されかねない可能性がある。そのくらい重みハンパない現象だと思います。
うちはかれこれ1年ですが、家族ともども、やっと何とかジェットコースターのような心境にはならなくなった、て感じです。
昨夜の入浴後、長女が「明日学校に行く」と突然言いました。
そして今日は、本人の希望どおりには起きれなかったけど、昼過ぎから2時間登校してきました。
ジェットコースターにはならなくなったけど、やっぱり毎回私は緊張するし、疲れます。
仕事の出社時間を調整したり、学校に連絡したりでちょっとずつ緊張がたまっていく。そして夕方にはドッと疲れます。
子どもは、家ではケロッとして見えるけど、実際行こうとするとものすごくナイーブになっているのが伝わってくるので、声かけも気を遣います。
重たさを紛らわそうと、
「ま、気楽にチャチャッと行っておいで〜」
とか軽い気持ちで言いたくなりますが、まだまだ逆効果です。
そうすると、私はもうなんて言っていいのかわからなくなるので、最近は極力黙っているようにしています。
今日、義父が「これ、参考に」と新聞記事の切り抜きを渡してくれました。(義父母は近所に住んでいる)
それは、ある人気男性作家のコラムで、お子さんが不登校になってからの心情をつづったものでした。
奇しくもそこにも「なにもしないことの難しさ」といった内容が書かれていました。
作家氏は、「なにもしない」のが大事とわかっていても、学校に行かない子供に不満が生まれてくる。
で、何が不満なのか考えたそうです。
すると「学校で人間関係を学んでほしい」「いい友達をつくって」「元気に外に出て」「舐められない大学へ行って」「就職して自立しろ」
と思っていることに気づいたそうです。
「しょうもない」と思ったそうです。
「すべて世間の常識の平均でしかない」と。
でもそのしょうもない常識を、実はずっと「大事な価値観」として、信じ続けてきたことに気がついた。
この瞬間は、非常に心がえぐられたでしょうね。
自分のこと、しょうもないもの大事にしている人間だって、認めないといけないんだから。
まあ、作家氏はクールに締めに進みましたけど。
親達が日々心えぐられていく横で、子どもはどうしてるんだろうと思うと、子どもの理解度、人生の歩むスピードは、大人とまったく違うらしく、のんびりしていたり、逃げているように見えたりするわけです。
こっちの気持ちもわかりやがれ、と思いますが、それは土台無理な話です。
(うちは小学生なのでなおさらです)
まあ、今日はちょっと疲れたな。。。
と思い、こちらにつらつらと書かせていただきました。
長女はほぼ学校に行ってませんが、毎日成長を続けています。
昨年、スクールカウンセラーの先生に「お子さんの成長をしっかり楽しんでください」と言われた時、本当にそのとおりだな、と思いました。身長は伸び、顔立ちも変わりました。
学校に戻る。
そこにはもうこだわらず、とにかく生きる様を応援し続ける。
また明日から、ぼちぼちやっていこうと思います。