ワンラブ。

口にするのは簡単だが、
その意味はとても奥深い。

国際結婚は、
ワンラブを理解する上で、
大いに参考になる。

国際結婚といえば、
「文化の違い」や、
「言葉の壁」など、
色々な問題がつきものだ。

私なども、
学生時代に勉強を怠ったために、
言葉の壁には苦労している。

苦肉の策として、
私たち夫婦はテレパシーを使う。

超能力というほどのものではない。

誰かに電話しようとして受話器を持った瞬間、
その相手から電話がかかってきたり、
「あの人どうしてるかなぁ、、、」
などとぼんやり考えていると、
偶然道のむこうから現れたり、
同じ事を、
まったく同じタイミングで口にしたり、、、

そんな偶然は、
誰にでもあるものだ。

言葉がうまく通じない分、
そんな能力が強化されたように思う。

以心伝心というやつか。

文化の違いについては、
そんなものはハナからないと考えれば、
事は済む。

確かに生まれ育った土地の歴史や、
風土などによって、
考え方はそれぞれ違うだろうが、
そんなボーダーラインを引くよりも、
個人レベルでそれぞれ考え方が違うのだから、
「個人」として対等に付き合うことが重要だ。

ただ問題なのは、
長年その土地で育った中で培われた「常識」というやつだ。

ジャマイカにいるとき、
司馬遼太郎氏の本を読んだ。

当時、
ジャマイカの生活にも慣れ、
そろそろ日本の常識がジャマをしはじめた頃に読んだ本だ。

その一節に、

「自国の常識で他国を見れば、
すべて間違えて見える~」

というのがあり、
頭を殴られたような衝撃を味わったのを覚えている。

礼儀は大事だが、
常識など、
それほど必要なものではないと思う。

今自分の頭にある常識を見れば、
ほとんどがテレビや新聞、
周りの環境からのものばかりだ。

そんな常識で異国の文化を見れば、
比較や批判こそするものの、
「理解」するには到底ジャマなものでしかない。

ある一つの社会だけで生活し、
一生をそこで過ごすのならば、
常識は秩序を保ち、
社会がうまく回る潤滑油にもなるだろう。

しかし、
今はそんな時代ではない。

多くの人が外国に行くし、
インターネットをつなげば、
世界中とつながれる時代だ。

戦争など、
一部の人間の仕掛けたカラクリでしかない。

、、、話がそれた。

ともかく、
私はわが人生において、
国際結婚したことを誇りに感じ、
自分をより一層高めてくれた出来事であったと認識している。

もちろんこれからもそうであろう。

国際結婚の考察などと題打ったものの、
国際結婚をした男の目線を書いた結果になった。

まあいいか。

ONE LOVE