評価:4.3
(Wikipediaより)
『歌え!ロレッタ愛のために』(原題: Coal Miner's Daughter)は、1980年のアメリカ映画。カントリー歌手ロレッタ・リンの半生を描いた伝記映画。第53回アカデミー賞では作品賞を含む7部門にノミネートされ、シシー・スペイセクが主演女優賞を受賞。
あらすじ
ケンタッキー州のブッチャー・ホーラーで、貧しい炭鉱夫の家に生まれたロレッタ(シシー・スペーセク)は、13才で結婚した。夫のドゥーリトル・リン(トミー・リー・ジョーンズ )が炭鉱の仕事を嫌ったために、愛する親兄弟と別れて村を出たが、貧乏暮しは相変わらずで、結婚指輪さえ持っていなかった。 18才で4人の子持ちとなったロレッタは、結婚記念日に指輪をねだった。だが、夫が買ってきたのは、なぜか中古のギターだった。独学でギターを学んだロレッタは、身近な愛や葛藤を題材に、家でオリジナルのカントリー・ウエスタンを歌うようになった。妻の才能に気づいたドゥーリトルは、ロレッタの歌をレコードに吹き込み、田舎町のラジオ局を回って売り込みを開始した。ロレッタの歌は評判を呼び、やがて、カントリー界の女王パッツィ・クラインと組んでツアーを行うまでになる。しかし、スタッフを引き連れたパッツィのツアーに、夫ドゥーリトルの居場所はなかった。酒に溺れたドゥーリトルは、ロレッタと距離を置き、郊外の屋敷で子供たちと暮らす道を選んだ。ロレッタも、あえて夫を引き留めようとはしなかった。女王パッツィの事故死によって、カントリー界の頂点に立つロレッタ。だが、孤独で過酷なツアーの日々はロレッタの神経をすり減らして行った。舞台に立っても歌えなくなるロレッタ。そんな彼女を救ったのは、不器用だが心優しい夫ドゥーリトルだった。
これは!掘り出し物の映画である。
ヤフー映画のレビューも少くて、どんな感じかなーと思ってたんですが。
夫婦愛を描いた秀作❢
そして、カントリーの牧歌的な描写が懐かしく、とても丁寧な作品作りとなっている。
カントリー歌手となった妻を、夫が支える。夫婦は、時には反駁しながらも、ずーっと愛し合う。
主夫役は、今や「この惑星の住人は…」のCMでおなじみのトミー・リー・ジョーンズ。この映画ては、若くて味のある演技してますね!
最後に、ロレッタ・リンの生涯をWikipediaから引用しておく。
この映画、マジでオススメです。レンタルビデオ店で見つけたら、是非借りてくださいね♪
ロレッタ・リン(Loretta Lynn、1934年4月14日[1] - )は、アメリカ合衆国を代表する伝説のカントリー・ミュージック歌手、シンガーソングライター、作家。ケンタッキー州ペインツヴィル近くのブッチャー・ホロウで炭鉱労働者の父のもとに生まれた。15歳で結婚し、すぐに妊娠。夫のオリヴァー・ヴァネッタ・リン・ジュニア(通称ドゥー、1926年 – 1996年)と共にワシントン州に移る。しかし2人の結婚は彼の不倫、彼女の頑固な性格のため波乱に満ちていたが、これが彼女の音楽に着想を与えた。1953年、21歳時の結婚6周年にリンの夫は彼女のために17ドルのハーモニー・カンパニーのギターを買った。リンは独学でギターを学び、24歳時の結婚記念日に彼は彼女に歌手になることを勧めた。ギターの上達のため、ワシントン州のデルタ・グランジ・ホールでペン・ブラザーズ・バンド、ザ・ウエスタナーズ、と共に歌い始め、1960年2月、1枚目のシングル『I'm a Honky Tonk Girl 』を発表。彼女は1960年代のテネシー州ナッシュビルのカントリー・ミュージック界の一員となり、1967年に初めて『Don't Come Home A' Drinkin' (With Lovin' on Your Mind) 』でナンバー1ヒットを記録すると、『You Ain't Woman Enough 』、『Fist City 』、『Coal Miner's Daughter 』などナンバー1ヒットを16曲、ソロとデュエットの曲を合わせると70曲もヒット曲を生みだした[2]。労働者階級の女性問題および浮気性の夫と愛人をテーマに歌うと同時に、産児制限(『The Pill 』)や度重なる出産(『One's on the Way 』)、男と女のダブルスタンダード(『Rated "X" 』)、ベトナム戦争による寡婦(『Dear Uncle Sam 』)など、保守的なカントリー・ミュージック業界では今までなかった社会的な歌を歌った。そのため、カントリー・ミュージックのラジオ局では、しばしばリンの歌を放送することを拒否し、彼女の曲のうち9曲を禁止した。しかし、リンは「カントリー・ミュージックのファーストレディ」(The First Lady of Country Music) と呼ばれるようになった。1976年のベストセラーの自伝は1980年、シシー・スペイセクとトミー・リー・ジョーンズ主演のアカデミー賞受賞映画『歌え!ロレッタ愛のために』の原作となった。2004年、ジャック・ホワイトプロデュースのアルバム『Van Lear Rose』が発表され、カントリー・アルバム・チャートのトップになった。また彼女は数々の賞を受賞。50年以上活動を続け、2010年、功績を称えCMAアワードでトリビュート公演が行なわれた。1962年9月25日から50年以上グランド・オール・オープリーのメンバーであり続け、最も成功した歌手の一人である。1988年にはカントリーの殿堂入りを果たした。
(Wikipediaより)
『歌え!ロレッタ愛のために』(原題: Coal Miner's Daughter)は、1980年のアメリカ映画。カントリー歌手ロレッタ・リンの半生を描いた伝記映画。第53回アカデミー賞では作品賞を含む7部門にノミネートされ、シシー・スペイセクが主演女優賞を受賞。
あらすじ
ケンタッキー州のブッチャー・ホーラーで、貧しい炭鉱夫の家に生まれたロレッタ(シシー・スペーセク)は、13才で結婚した。夫のドゥーリトル・リン(トミー・リー・ジョーンズ )が炭鉱の仕事を嫌ったために、愛する親兄弟と別れて村を出たが、貧乏暮しは相変わらずで、結婚指輪さえ持っていなかった。 18才で4人の子持ちとなったロレッタは、結婚記念日に指輪をねだった。だが、夫が買ってきたのは、なぜか中古のギターだった。独学でギターを学んだロレッタは、身近な愛や葛藤を題材に、家でオリジナルのカントリー・ウエスタンを歌うようになった。妻の才能に気づいたドゥーリトルは、ロレッタの歌をレコードに吹き込み、田舎町のラジオ局を回って売り込みを開始した。ロレッタの歌は評判を呼び、やがて、カントリー界の女王パッツィ・クラインと組んでツアーを行うまでになる。しかし、スタッフを引き連れたパッツィのツアーに、夫ドゥーリトルの居場所はなかった。酒に溺れたドゥーリトルは、ロレッタと距離を置き、郊外の屋敷で子供たちと暮らす道を選んだ。ロレッタも、あえて夫を引き留めようとはしなかった。女王パッツィの事故死によって、カントリー界の頂点に立つロレッタ。だが、孤独で過酷なツアーの日々はロレッタの神経をすり減らして行った。舞台に立っても歌えなくなるロレッタ。そんな彼女を救ったのは、不器用だが心優しい夫ドゥーリトルだった。
これは!掘り出し物の映画である。
ヤフー映画のレビューも少くて、どんな感じかなーと思ってたんですが。
夫婦愛を描いた秀作❢
そして、カントリーの牧歌的な描写が懐かしく、とても丁寧な作品作りとなっている。
カントリー歌手となった妻を、夫が支える。夫婦は、時には反駁しながらも、ずーっと愛し合う。
主夫役は、今や「この惑星の住人は…」のCMでおなじみのトミー・リー・ジョーンズ。この映画ては、若くて味のある演技してますね!
最後に、ロレッタ・リンの生涯をWikipediaから引用しておく。
この映画、マジでオススメです。レンタルビデオ店で見つけたら、是非借りてくださいね♪
ロレッタ・リン(Loretta Lynn、1934年4月14日[1] - )は、アメリカ合衆国を代表する伝説のカントリー・ミュージック歌手、シンガーソングライター、作家。ケンタッキー州ペインツヴィル近くのブッチャー・ホロウで炭鉱労働者の父のもとに生まれた。15歳で結婚し、すぐに妊娠。夫のオリヴァー・ヴァネッタ・リン・ジュニア(通称ドゥー、1926年 – 1996年)と共にワシントン州に移る。しかし2人の結婚は彼の不倫、彼女の頑固な性格のため波乱に満ちていたが、これが彼女の音楽に着想を与えた。1953年、21歳時の結婚6周年にリンの夫は彼女のために17ドルのハーモニー・カンパニーのギターを買った。リンは独学でギターを学び、24歳時の結婚記念日に彼は彼女に歌手になることを勧めた。ギターの上達のため、ワシントン州のデルタ・グランジ・ホールでペン・ブラザーズ・バンド、ザ・ウエスタナーズ、と共に歌い始め、1960年2月、1枚目のシングル『I'm a Honky Tonk Girl 』を発表。彼女は1960年代のテネシー州ナッシュビルのカントリー・ミュージック界の一員となり、1967年に初めて『Don't Come Home A' Drinkin' (With Lovin' on Your Mind) 』でナンバー1ヒットを記録すると、『You Ain't Woman Enough 』、『Fist City 』、『Coal Miner's Daughter 』などナンバー1ヒットを16曲、ソロとデュエットの曲を合わせると70曲もヒット曲を生みだした[2]。労働者階級の女性問題および浮気性の夫と愛人をテーマに歌うと同時に、産児制限(『The Pill 』)や度重なる出産(『One's on the Way 』)、男と女のダブルスタンダード(『Rated "X" 』)、ベトナム戦争による寡婦(『Dear Uncle Sam 』)など、保守的なカントリー・ミュージック業界では今までなかった社会的な歌を歌った。そのため、カントリー・ミュージックのラジオ局では、しばしばリンの歌を放送することを拒否し、彼女の曲のうち9曲を禁止した。しかし、リンは「カントリー・ミュージックのファーストレディ」(The First Lady of Country Music) と呼ばれるようになった。1976年のベストセラーの自伝は1980年、シシー・スペイセクとトミー・リー・ジョーンズ主演のアカデミー賞受賞映画『歌え!ロレッタ愛のために』の原作となった。2004年、ジャック・ホワイトプロデュースのアルバム『Van Lear Rose』が発表され、カントリー・アルバム・チャートのトップになった。また彼女は数々の賞を受賞。50年以上活動を続け、2010年、功績を称えCMAアワードでトリビュート公演が行なわれた。1962年9月25日から50年以上グランド・オール・オープリーのメンバーであり続け、最も成功した歌手の一人である。1988年にはカントリーの殿堂入りを果たした。