先週の記事「コブクロ」
で
ストリートミュージシャンを
やっていた件ですが、
実は、色々あって
あまり周りの人にはあまり伝えていませんでした。
そろそろ傷?も癒えてきたので
このブログに書きます。
コメントをくれたケンタくんと
出会った時期は
ちょっと話せる状態ではありませんでした・・・。
ゴメンネ。
でもかなり書くことが多く長話になり
重い話も含まれるかもしれないので
週1回程度書いていきます。
今回は、イントロダクションです。
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大学に入学して早々の
1998年6月
私はある曲を聴いて
武者震いをしました。
その曲は「ゆず」の「夏色」でした。
路上で弾いているギターにあわせ
「駐車場の猫があくびをしながら~」
と始まるあの曲です。
当時、小室さん等、
どちらかといえばデジタルの音楽が中心でした。
その中で、アナログ?のギター
それもストリートで弾いていると聞いて
すげーこの曲!!!
と感動した私は、
「オレもストリートする!」
とかなり影響を受けて決めました。
でも実は・・・・
楽器ひけません
苦手なんです・・・(>_<;
が、
よく考えたら、「ゆず」って2人組やん(^v^)
ギターを弾ける相方を見つければいい!!
とひらめきました(^v^)/
でも、入学したばっかりで、
友達が少ないし、
それにギター弾ける人なんていませんでした・・・。
そこでギターを見つけた方法は、
何と・・・・
「出会い系サイト」です。
といっても
当時の出会い系サイトは
インターネットの初期頃で、
今のように、エロさとかお金とかからんでいませんでした。
当時は、個人情報の整備もあまりなく
普通にメールアドレスとか
住所まで掲示板に載っていました。
ある出会い系サイトで
「夏色に感動した人、
いっしょに第2のゆずになりませんか?
連絡先→当時のメルアド
」
と書き込みをしたところ、
唯一1通のメールがありました!!!
そのメールをくれた人が
当時の相方Yです。
ちなみにオトコです。
(人生唯一参加した出会い系サイトで
出会ったのが実はオトコです・・・。)
相方Yは、ちょうど京都に在住しており、
(私も当時は京都在住。)
ビックリしたことに
その相方Yの名前は、
ゆずの岩沢厚治(いわさわこうじ)の名前と
2文字しか違わないキセキ☆
これは、
もっとやる気が沸きますよね(^v^)/
当然、結成。
で、
相方が、岩沢厚治なら
当然、
私は、北川悠仁ですよね???
ということで
私の芸名?は
私の本名の一部を使い
西川悠仁(にしかわゆうじん)でした(-_-;
(私の本名は、2文字しか残っていません・・・・。)
2人で相談して
ユニット名は
「アオリンゴ」にしました。
(このブログ記事のタイトルは、このユニット名です。)
はい、
これも「ゆず」に影響受けています。
スイマセン。
そしてホームタウンも
ゆずが横浜なら
私たちは京都と決めました。
意味わかります??
東京に対する横浜って
大阪に対する京都かなぁ・・・って。
(今考えれば、雰囲気では神戸のような・・。)
あと私が当時京都に住んでいたことも理由のひとつです。
こんなハタから見たら
適当そうなストリートミュージシャンユニットが
1998年8月に誕生しました。
続く