※今あんまり他人のシリアストークは聞きたくないという方はスルーしてください。![]()
時々わからなくなる。自分ってものも、愛する人ってものも、この世界も。
幼いころのトラウマなのか、生まれ持っての性質なのか、そんなことどうでもいいけど、どうしてか人一倍他人の感情の変化に敏感すぎてこれまで大分困った。いや、悩んだ。
悩んだ結果、まだまだ幼かった私が出した答えはとても単純なもので、鈍感なフリをする、ただそれだけだった。
何も気にしない、気づかない、「フリ」をしているうちに、それも私の人格の一部へと溶け出していた。
親だって、学校の友達だって、なんにも疑わない。彼らの目に映るものが私の目に映る私自身であった。そこには互いの同意があった。
胸元にうずくまった貴方の寝顔に流した涙も、仕事帰りの殺気立った貴方の背中を撫でる手も、神なんかに誓わなくたってもなにも嘘なんかじゃない。
あの時、確かに貴方を愛している。
なのに今日は貴方を愛していなかったのかも知れない。愛していたのかもしれない。愛しすぎていたのかもしれない。
愛する相手のストレスを等身大に受け取ってしまう私の狂った神経が今日も大活躍。
いまさらの自己嫌悪は意味がない。そして私は意味のないことをやりたがり、そこに意味を見出したいがためにこれを書いている。なんの潤滑剤にもならないのに、馬鹿みたいに。
すべての真実を知りたがる癖はいつになっても治らない。男と女の間において、そんな癖はファッキンシット。役に立つのは環境問題を語るときか、サスペンスドラマの犯人を誰よりも早く見つけられるときぐらいかもしれない。
目の前の相手が私にとって真実、それで十分なはずなのに私の本能はそこに隠された嘘やごまかしを捕らえてしまう。べつに超能力やなんやの力なんかじゃない。愛すれば愛するほどに、見えてしまう。きっと、どんな女の子にも宿る力。
どうしてか父親とかぶる貴方の後ろ姿は葬った感情を思い出させる。
きっと小さな小さな私はお父さんのことが大好きだったんだろうなって感じさせてくれる。
そしていつか父と同じように貴方もいなくなってしまいそうで怖くなる。
素直でいることを拒否し、つまらない強がりを肯定する。怖がりな私が光を阻止する。一番大事な瞬間に、一番大事な気持ちは姿をくらませる。
すべては私がやらかしていること。全て私のやったこと。
貴方にありがとうって言うのはまだ恥ずかしい。
貴方にごめんなさいって謝るのもなんだか恥ずかしい。
一番素直でいるべき貴方の前で素直になるのが、今一番苦手なこと。
携帯も持たずに家を出てきた。
会いたいのにまだ帰りたくない。