先日買ったカップ&ソーサーについて久々の更新。

本品はニンフェンブルク窯で20世紀初頭に作られたものである。

この窯はマイセン、ウィーン、ヘクストに次ぎ1753年にヨーロッパで4番目に白磁焼成に成功した窯である。マキシミリアン王により一時、王立窯となるもその後ボイムル家所有の民営窯となり今日まで同家が経営している。

図柄の様式は1760~1790年頃の「第一ロココ第二期」である。花系のデザインがそれまで流行ったブーケに代わり、小花散らし、花籠などに変化していった時代である。

本品のモチーフも「花籠と花」であり、一見すると花籠から溢れた花を描いているように見えるがそうではなく、花籠をモチーフにする場合は花を外側に描く決まりが存在したからである。通常、花絵で影を描くことはないが本品では描かれている点が興味深い。

オリジナルは同窯作品の最大のコレクターであるボイムル氏により書かれた「Nymphenburger Porzellan」の418番に掲載されており1760~1765年に作られたとのこと。

可憐にして繊細、どことなくメランコリックでアンニュイなロココ時代を再現した傑作であろう。(自画自賛w)


※和田泰志先生のご著書を参考にさせて頂きました。

「飲まぬくらいなら蕎麦屋へは行かぬ。」とは池波正太郎の言葉だが、夕方の早い時間から蕎麦屋で一杯やるのはちょいと楽しい。所用で銀座へ出た帰りに、あるいは淡路町界隈で、通し営業をしている店の暖簾をくぐる。半端な時間なので客もまばら、いい感じに空いている。ビールを頼み肴は板わさとつき出しの蕎麦味噌。冷えたビールが体を回ると意識も覚醒してくる。ふと思いついた事が妙案だったりするのはこんな時である()




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よく行くのは淡路町の「やぶそば」である。独特の抑揚をつけた七五調で客の注文を調理場に伝えるさまは百人一首のような風情あり。銀座「明月庵」は客層がおもしろい。なにで稼いでいるのか判らない系、あるいは強面のその筋系、窓際役員系などパンピー以外の人々が日暮れ前から焼酎をグイグイとやっている。同じ銀座でも7丁目界隈の「吉田屋」は森繁が活躍した往年の東宝映画、社長シリーズを連想させるビジネス・パーソンズで賑わうのだが、味は二段階ほど下がる。室町の「砂場」もよいな。



蕎麦屋で満腹になるまで食べるのは野暮である。酒の後はせいろを一枚たぐって終わり。さっさと帰路につくのであった。



さて、引越しの日程も決まり長年住んだ東京西部で過ごすのも後2W間ほどになった。

となると、今まで行かなかった所に行きたくなるw。

昼間に時間ができたので、わりと近場にあるフレンチレストラン「キュイジーヌ[s]ミッシェル・トロワグロ」へ行った。伝統的なフレンチとは異なる所謂「ヌーベル・キュイジーヌ」を出す店である。ソースが非コッテリ系て事かな。



ネットで確認すると、ディナーはともかくランチはリーズナブルな感じ。実は同じ建物にあるスポーツクラブはちょくちょく利用していたのだが、運動した後にカッチリと食事をしたのでは意味が無いので未訪であった。



予約なしに入店すると、先ずはソファー・セットのあるウエイティング・スペースに通され暫し待たされた。用意ができて席に案内される。店内はデコラティブな装飾を排し白を基調としたモダンな内装。ドリンクメニューを渡されペリエを注文。スタッフはきびきびとした笑顔で、オーダーを取る時に客と目を合わせる時間は3.5秒(大昔に読んだ村上龍の「テニスボーイの憂鬱」にオフィシャルに定められた時間とあった)なのである。



ペリエをチビチビ飲んでいると、料理のメニューを渡され、コースランチの「CHEMINS TRACÉS...案内のある旅」をチョイスした。なんとも洒落た名前だ。



前菜は2種類でたが、青柳(貝)を刻み蛤を使った器に敷いて、マンゴーソースをかけたものが初めて経験する味覚・・旨い。メイン料理の「鯖のクルスティアンベネチアに想いをよせて」、「子羊のキャノン ローズマリーの香り オリーブバター」と続く。



日本料理は素材の持ち味を引き出す事がキモであり、フレンチは素材の足し算による味覚の構成がキモ。放送大学の講座「社会の中の芸術」でそんな内容があったのを思い出した。2皿ともまさに足し算の美味しさを実感し、そして発見する料理であった。デザートはアプリコットとライチーを使ったものと、柔らかな食感を持つ牛皮の2皿であった。




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