私が住む関東は遥か昔、実にややこしい地域だった。

 

400年以上前、関東は相模の北条、駿河の今川、甲斐の武田、越後の上杉という有力大名の睨み合いが続いていた。

 

最も土地が険しい甲斐の武田家は当主武田信玄による侵略を続けていた。少しでも領民と家を繁栄させる為に武田信玄はそうせざるを得なかった。

 

桶狭間の戦いで今川義元が討ち死にすると、武田家は甲相駿三国同盟という軍事同盟を破棄し、駿河侵攻を行う。同時に武田家と相模の北条家は敵対関係となる。駿河侵攻にあたり武田家は今川家より独立した三河の徳川家と同盟を結ぶ。

これは今、大河ドラマ「おんな城主直虎」で描かれている。

 

北条家は越後の上杉家と越相同盟を結んで武田家に対抗するようになるが、この同盟は北条氏康の死、新たな当主北条氏政によって破棄される。

 

武田家が織田家に駆逐され、織田信長が本能寺で横死すると、織田が治めた武田旧領を上杉、徳川、北条が奪い合いを始め、これも徳川家と北条家の電撃和睦によって突如終結を迎える。(天正壬午の乱)

ここは昨年の大河ドラマ「真田丸」で描かれた。

 

関東の戦国時代はまさに権力闘争そのものであり、同盟と敵対を繰り返してきた。

 

どうもここ数日のこの国は400年以上前の日本に重なって見えてる。一体、誰が誰と反目し、どことどこが共闘するのか。歴史は繰り返すと言うが、この国に再び戦国乱世が訪れようとしていると思えてならない。いつの時代も平民は置いてけ堀である。

 

戦国乱世と言えば、週末のスプリンターズステークスも混沌としている。GⅠ勝ち馬3頭は全て3ヶ月以上休んでの出走であり、サマースプリントシリーズはどのレースもレベルに疑問符がつく。

 

前傾ラップだった北九州記念(前半32秒8-後半34秒7)を前から勝ち切ったダイアナヘイローぐらいか。しかしデータで言えば北九州記念組はGⅠでは苦しいと出ている。

 

さてさて、なかなかの難問が第一問目から並んでいる。

 


にほんブログ村