ソウルスターリングの単勝を3000万買った人がいるとツイッターで騒動になっていた。そんなお金どこにあるんだ。しかも単勝馬券に突っ込むようなお金だ。まさか全財産とかじゃあるまい。ギャンブル、特に競馬は浮いた金で遊ぶものだ。相手は何せ馬なのだ。投機目的で株式運用のようにはいかない。何度もう言う。私たちが相手にしているのは馬という動物なのだ。
そういう私もソウルスターリングを疑う事はなかった。これは仕方あるまい。少なくともグリーンチャンネルの炎の十番勝負は桜花賞で10ポイントは確実だろうと考えていた。
ところが、桜花賞の直線は昨年のメジャーエンブレムのようだった。伸びそうで伸びない。一目で道悪に苦しんでいる事が分かった。しまった、道悪適性を疑うべきだった。
疑いを払拭したのはルメール騎手の最終追い切り後のコメントだった。ルメール騎手が母のスタセリタの主戦でもあり、スタセリタは道悪が得意だったからソウルスターリングも大丈夫だと言っていた。
やはり競馬は目の前のものを疑うところから始めなければならない。相手は馬なのだ。競馬に携る人々は信じる事から始めるだろう。だが、馬券を買う方は疑う事から始めないとならない。ギャンブルとはそういうものだ。
一方勝ったレーヌミノルは見事だった。乗り代わり一発目で難しい馬を巧みに動かした池添騎手は賞賛に値する。終わってみればダイワメジャー。芝の道悪はダイワメジャーかブライアンズタイム、血統の原則のようなものだ。
私はレーヌミノルがパドックで一番良く見えた。しかしこちらは疑ってしまった事が裏目に出た。
現地観戦したクイーンカップでレーヌミノルを本命にした。レースは残り200Mで明らかに失速して4着に負けた。その後に1400Mのフィリーズレビューで直線で伸びて2着と走った。この時点でマイル適性なしと私は決めてしまった。
直感でよく見えた馬を臨戦過程から疑って外した事が馬券のハズレを招いてしまった。
疑えばいいのか信じればいいのか。
だから競馬は難しい。
だから競馬は止められない。
競馬の奥深さと己の未熟さを感じた第77回桜花賞だった。