○: またオヤジギャグを・・・いえいえ、じゃあ、次の質問もお願いします。
「親」とゆう漢字なんですけど、昔のドラマを見ていたら
「木の上で立って見ているのが親だ」
なんて台詞があったんですけど。これ本当ですか?
□: なーんじゃそりゃ、勝手な解釈しおって。何というドラマじゃそりゃ。
○: ええと、なんとかのプロポーズとかいうドラマで、
なんとかテツヤとかいうのが言っていました。
□: ああ、あいつか。大体あいつは、自分勝手に盛り上がって、
反対意見の人間を悪者に仕立てて物事をややこしくする元凶だからな。
教育環境でも、甘えん坊の生徒を増長させた責任がある。
学校は学業研鑚の場であるという原則を破壊した張本人じゃ。
○: へえ、そうだったんですか。
□: で、その「親」という字だがな。
「親」の左側の「辛」は、鋭いナイフで切った生木を表す。
○: あ、じゃあ「新」という文字と同じですか。
□: そうそう。「斤」は斧[おの]で、「新」は鋭い刃物で切った切り立ての木、
傷が生々しく新しいことを意味する。
○: それじゃあ、親は子どもを切るんですか?
それとも子どもに刃物で切られるんですか?
□: そんな訳ないだろ。
身を切られるように身近に接して「見」ているのが親だよ。
子どもの痛みが親自身の痛みとなるんだ。親子は一心同体。
阿弥陀仏が「親さま」と言われる所以でもある。
私の痛みは如来の痛みであり、このことが解った上で、
如来の痛みを我が痛みと領解するの が信心。
これでようやく本当に自律した人間になれるのじゃ。
○: へえ、そうですか。
じゃあ木の上で見ているなんて悠長な間柄ではないんですね。
□: 木の上で立って見ていられるのは、先生の立場でしょ。
親は子どもの痛みを同感していく立場だ。
なんとかテツヤが演じているのは逆じゃないか。
先生が親の役割まで果たそうとするから教育現場が混乱するんだ。
○: なるほどね。じゃあ、親は親の立場で、
先生は先生の立場でみなさん頑張って下さい。
□: だから、頑張れじゃなくて、ご精進遊ばして下さいませ。
○: みなさん、ご掃除あせばんでくださいなせ・・・
□: 言えてない!
自分の周りでまた一人親が誕生します。
ま、同時にとゆうか子供も誕生するわけだけど、そっちはオレの範疇ではない。
そこで、親をググッてみたらこんなんがあった。
ほぉ、なるほどと思う。
コレがあったのは浄○○宗のHPなのね。
どちらが信憑性があるかといえば。。。
どっちだろね。。
解らんww
木の上に立って見てるてのもそぉだし、身近に接して見てると言うのもしかりだと。。
ガッコの先生が見るところ、親が見るところ。。。
どちらにしろドコを「みてあげるか」「どこまで見てあげられるか」ってところだよね。
最近は
「オレ(アタシ)がこう(アフォ)だから、正しく育つわけがない」
とか決め付けて、半ば放棄したような言葉を吐く親もいるけど
そんな、アフォな親にはなってほしくない。
少なくとも20歳までは子供なんだからね、社会では。
あと、1歳でも、70歳でも社会にでたら人間1人と数えられるとオレは思ってる。
子供だから許されるなんてことはありえない。
それがあってしまうと、子供だから殺人OKってことになる。
ちょっと飛躍し過ぎかもしれないけど、ありえる話。
そこを教えない親が多すぎる。
子供だから、酔ってるから、とゆう言い訳は少なくてもオレには通用しない。
絶対に通用させない。するわけがない。
ま、オレは生涯子供だから親の気持ちは解らんけどもね。。