ゆるふん
武双山が引退である。
新聞各紙、テレビのスポーツ番組、こぞって特集をし、
「記憶に残る力士」の引退を惜しんだ。
私も実は武双山と同学年であり、彼が角界入りした頃から
注目をしていた。(あの頃は大相撲ブームであったから、彼ほどの
大器は、みんなに注目されていた。)
私も、武双山の引退は非常に残念である。が、それは、武双山が
好きだからではない。正直、私は武双山が嫌いだ。
ただ、彼が引退することにより、われわれはもう、あの、
「ゆるいふんどし」
を見ることが出来ない。それが、残念でならないのだ。
彼のふんどしは、いつもゆるかった。もともと組んで取る力士では
ないし、特に力士人生晩年の武双山は、もうほとんど、まわしを
がっちり引き合って取り組むことはなかったから、最近はあの
伸びきったゆるふんにお目にかかることはめっきりなかったが、
土俵の上で、あの銀色のまわしが、妙にやさしそうに巻かれている
のを見ると、
「今日は組んでくれ!まわしよ!どこまで伸びる!?」
と、手に汗を握って取り組みに集中したものである。
これは多くの人が知っていることだが、彼のゆるふんは、実は
ある歴史を作っている。
「貴乃花の左ひざは何故壊れたか!」と聞かれれば、
「それは武双山のふんどしがゆるかったから!」
と、誰もが答えるであろう。何を隠そう、平成の大横綱を引退に
追い込んだのは、誰あろう武双山なのだ。
現役時代の小錦が嫌いだった。理由は、でかすぎて怖いから。
現役時代の曙が嫌いだった。理由は、足が長すぎて怖いから。
現役時代の琴富士が嫌いだった。理由は、顔が怖いから。
でも、みんな、引退後、好きになった。
なぜかと言うと、実は結構、みんないい奴そうだから。
武双山は藤島親方を襲名するそうだ。
武双山はふんどしはゆるいが、実はいい奴かもしれない。
僕は引退後の武双山を、好きになることが出来るだろうか。
新聞各紙、テレビのスポーツ番組、こぞって特集をし、
「記憶に残る力士」の引退を惜しんだ。
私も実は武双山と同学年であり、彼が角界入りした頃から
注目をしていた。(あの頃は大相撲ブームであったから、彼ほどの
大器は、みんなに注目されていた。)
私も、武双山の引退は非常に残念である。が、それは、武双山が
好きだからではない。正直、私は武双山が嫌いだ。
ただ、彼が引退することにより、われわれはもう、あの、
「ゆるいふんどし」
を見ることが出来ない。それが、残念でならないのだ。
彼のふんどしは、いつもゆるかった。もともと組んで取る力士では
ないし、特に力士人生晩年の武双山は、もうほとんど、まわしを
がっちり引き合って取り組むことはなかったから、最近はあの
伸びきったゆるふんにお目にかかることはめっきりなかったが、
土俵の上で、あの銀色のまわしが、妙にやさしそうに巻かれている
のを見ると、
「今日は組んでくれ!まわしよ!どこまで伸びる!?」
と、手に汗を握って取り組みに集中したものである。
これは多くの人が知っていることだが、彼のゆるふんは、実は
ある歴史を作っている。
「貴乃花の左ひざは何故壊れたか!」と聞かれれば、
「それは武双山のふんどしがゆるかったから!」
と、誰もが答えるであろう。何を隠そう、平成の大横綱を引退に
追い込んだのは、誰あろう武双山なのだ。
現役時代の小錦が嫌いだった。理由は、でかすぎて怖いから。
現役時代の曙が嫌いだった。理由は、足が長すぎて怖いから。
現役時代の琴富士が嫌いだった。理由は、顔が怖いから。
でも、みんな、引退後、好きになった。
なぜかと言うと、実は結構、みんないい奴そうだから。
武双山は藤島親方を襲名するそうだ。
武双山はふんどしはゆるいが、実はいい奴かもしれない。
僕は引退後の武双山を、好きになることが出来るだろうか。