波照間のカラス | ぽんこつ日記

波照間のカラス

日本最南端の有人島は、沖縄県竹富町の波照間。
石垣島から、船で1時間くらいの、人口600人の小さな島です。

去年の今ごろ、僕は無職で、ニョーボと二人、沖縄をふらふらと
旅していた。

波照間島では3泊して、何をするでもなく、自転車に乗って、
バイクに乗って、海を見たり、星を見たり、友人に
「日本最南端からのメール」を送ったりしていた。

(沖ノ鳥島は例外として、)一般人が普通にいける日本最南端は、
高那崎という断崖絶壁の岩場で、打ち付ける波がきれいで、
そこで僕は何時間もボーっと波を見ながら、さて、将来僕は
何をするのだろうと、考えたり、考えなかったりした。

高那崎には小さな東屋があって、波の見すぎですっかり
平衡感覚を冒された僕らは、しばらくあの東屋で休んでから
宿に帰ろうか、と話していたが、そこに明らかに
「島のおじぃ」と思われる、作業服の男性一人。

東屋の脇には、大きなトラクター。おそらくこの愛車で、
横付けたのだろう。おじぃは、八重泉の3合瓶を脇に置いて、
方ひざを抱えて、僕らに手招きをしていた。

うーん。正直あんまり、気乗りがしなかった。
まず、この位の年代(彼は自分で、60歳だと自己紹介した)
の人だと、言葉が半分くらいしか通じない。
それに、遠目に見ても、すでに酔ってる。

でもなあ、せっかくの旅だ。土地の人とも、積極的に
関わってみるか。受け入れてくれているのだから。

そう思い、東屋に入った。

近くで見ると、おじぃは、それはそれは、鼻毛が出ていた。
鼻毛というよりも、それは鼻毛束とも言うべきもので、鼻の穴の
容積の小ささに耐え切れなくなり、一気に

ずん

と、飛び出してきたのだろうと思わせた。

彼はラッパで飲んでいた八重泉を、僕にも飲めという。
大丈夫だろうか。飲んだら、一気に鼻毛が伸びたりはしない
だろうか。

でも、断るのもなんだし、八重山の海を見ながらの八重泉は
うまいはずだ。なので、遠慮なくラッパでいただいた。
おじぃと間接キッスである。

おじぃの足元には、バッグに入ったコカコーラのペットボトル。
中には、水が入っている。

つまり彼は、お酒を飲むことについて確信犯である。

お店で泡盛を買って、トラクターで帰る途中、海がきれいだったから
ついここで飲み始めてしまった。のではなく、始めから
ここでお酒を飲むつもりで、ペットボトルに水を汲み、
お酒と一緒にバッグに入れて、トラクターに乗って
ここへやってきたのだ。鼻毛を海風になびかせながら。

酔ってトラクターを運転することなど、この島では犯罪でも
なんでもないのである。たぶん。

あまり飲みすぎるのも勿体ないのでといって、そこそこで辞退して、
僕らは宿に帰った。
なぜ、おじぃと一緒に写真を撮らなかったのだろうと、後悔をした。

先日、高那崎で観光客の財布が盗まれるという事件があった。
平和な島の、大事件である。

島のおまわりさんのお手柄で、お財布は程なく無事、被害者の手元に
戻った。

犯人は、カラスである。

今度波照間に言ったとき、僕はまた、あのおじぃに会えるような、
そんな気がしている。