たくさんお祝いのメッセージなどありがとうございました!

本当に本当にあっという間の1年でした。


誕生日ってのは感謝をする日だというのを改めて実感しました。

いろんな人に気にかけてもらって、忙しい中声かけてもらって。

それだけいろんな人に支えられて生きてるんだなということを実感しました。


最近悩んでたこともあっという間に吹っ飛んだしww

不思議なことに読んでいく本や漫画やその他のメディアや人の話なんかの中に

答えが書いてあったりして。

そういうことが起こるのは、自分が求めている答えにアンテナをはって探しているからなのかも知れないけれど。

でもそうやって人に言われると素直にすんなり受け入れられるようになるからあら不思議。

おまけに忙しさで悩む暇もなし。

さらにいろんな人に声をかけてもらって、、、

何を悩んでたのか、種がだいぶ遠い方へ飛んで行ってしまいました笑。

きっと悩んでもどうにもならないような、しょうがないようなことだったので

これでよかったんだと思います。

というか、これが私なりの越え方なのかなと思います。


この機会に、声をかけてくださった皆さんみたいに、

もっともっと人を思いやれる人間になれるよう、意識して生きていきたいなと思います!

ありがとうございました!!


さあ明日からまた頑張るぞー!!


周りの人たちが心配してくれてるみたいなので、

大丈夫です元気ですとお伝えしたくて。

話してても気を使ってくれたりとかして、

本当、優しさが身にしみます。

ありがたい。

私はいい人に恵まれました。

ありがとうございます。

お陰様で私は元気です。


今の私はどっちかっつーとバイト兼研修の方がストレス元です。

引っ越し直前なのに何もできてなくてイライラしてるぐらいです。

なのに今日風邪ひいて萎えてるぐらいです。

そして明日(今日)謝恩会なのに寝れません。

あわわわわ。



ヤサグレきってうちに来て、でもプライドは捨てられなくて、人によって態度が豹変する上司とか、


「ありがとう」も言えない、超超超学歴コンプレックスで何かあったら「○○さんは東大だから、、、」って言ってくる、「同じ部署への希望願いは出さないで」と執拗に迫ってくる、定食屋さんのおばちゃんにテーブルを移動されただけでブチ切れて一日中八つ当たりしてくる、、、etc etc....ような、器の小さい同期(一人です。笑)との時間をどうやってやり過ごすか、とか、


の方がストレス元です。(笑)


もう昼間に何度舌打ちしそうになったか(笑)

何度「黙れ」と言いそうになったか(笑)


いやもう愚痴ってもしょうがないのはわかってるんだ。

やりすごすしかないんだ。やり過ごします。

はい気にしません。


使えないといわれるなら明日から早く来て勉強します。

そんなに学歴が気になるなら一人で飯食いに行ってください。

役所の手続きにまで付いてきてとか、駄々っ子かお前は!!!

スーツぐらい一人で買いに行け!!!

笑顔で断ったら「○○さんって悩みなさそうでいいね」だと。

ははははは!!!超おもしろいそのギャグ!!!!

そんなに学歴が気になるんなら行きなおせ!!!


ふうすっきり。

こんなことは毎日あるんだろうなー。

友達が言ってたことが思い出される。

まあでも実際、悩みなさそうな人間になった方がいんだよね。

図太く生きよ。

明日からもがんばります。


自分のけじめのために書くものなので、愚痴や暗いネタが嫌な方はバックしてください。























どこかで終わりにしないと一生でも考えそうなことなので
今終わりにすることにした

うじうじ感情の中に浸っていても、多分前には進めないし

自分から抜け出す努力が必要だから

けじめのために

こんな形で終わっても、平和な方だった。

人に対する感情なんて、そもそも一言に集約できるようなものではないから


だから、複雑に入り混じっては頭の中を駆け回るいろいろな感情を
整理することも、醜い感情を抑えて清く弔う気持ちだけを持たねばならない、と思うことも
しなくていいんだと思う


私は死んだ人間を幸せにする方法なんて知らない



供養することが社会的に必要であることは理解するし


最低限のことをする意思もある


でも


供養に時間やお金をかけるのは、生きている人間の自己満足にすぎない

だから私は

供養のために金や時間をつぎ込めみたいなことを言う宗教は大嫌いだ


それでも何かできることはないのかと
何かしなければと

どこかから聞こえてくる

できることがあるんだったら


とっくにやってる

生きている時も今も


手を尽くしてボロボロになっても、

何度悔し涙を流しても、

這いつくばって耐えても、

100万回祈っても、
何も変えられなかった

私たちの絶望なんて


あの人たちにはわからない

分かってもらう必要もないし



それでも独りになる度

脅迫みたいに迫ってくる

それは愛情からなのか

後悔からなのか

ただの後ろめたさからなのか

そうやって

追い詰められた自分を見て
引きずり込まれそうになる自分を見て


また昔みたいに固執や執着の中に身を投じるのは危険だと訴えるもう一人の自分がいる

そこに入るなと





でも

そもそも

解放や自由なんて言葉は


長い人生においては一時的な気休め以上のものにはならない


きっとこれからあと何十年も

この複雑で入り混じった居心地の悪くなる感情と
付き合っていかなければならないんだろう

時間の流れとともに、受け留め方も変わるかもしれない

もっと楽に振り返るようになるかもしれない


でもなかったことになんかならない

何も変わらない

置き去りにされた感情はそんなに簡単には消えないし

長年付き合ってきた心の片隅にある不安も
相変わらずに存在感を発揮している


それでも構わない


どれだけ重くても

ちゃんと抱えて生きていく


私には支えたい人たちがいるし

守りたいものがある


この出来事を介して


生きる目的や意味が


自分以外の誰かによって与えられたものじゃないことを確認しただけだ

今自分にできることは

今まで通り普通に生きる

それだけ

だからこれで終わり





私は生きている人間のために生きる

生きている人間のために金を使う

清く慎くなんていう生き方を受入れるつもりはない


精一杯人生を謳歌してやる


少なくとも私たちにも幸せを追う権利ぐらいあるはずだ




だから


こんな私だから


堂々と言えるのはこれだけしかない


今までありがとう


生まれてきてくれて


生きてくれて