ある昼下がり、ウルダハのマーケット。

一人のミコッテがご機嫌に露店に並ぶ商品を見比べていた。

 

「紙とインクと…ペン先も買っておかないとかな」

 

買い物中らしく袋をいくつか抱えている。

ご機嫌に揺らめく尻尾。以前、英雄の取材をしたヒースであった。

取材内容を記事にしたところ、反響が大きく臨時収入が出たのである。

 

「消耗品はこれくらいで、残りは…まだ余裕ある!せっかくだしペンも新調しちゃお!」

 

すっかりご機嫌になっていたヒースは、展示されている商品を見ながら歩き続ける。

 

ドンッ

 

何かにぶつかってしまったらしい。

慌てて前を見るとララフェルの女性がしりもちをついていた。

 

「あ、ごめんなさい!」

 

慌てて謝るヒース。

 

「まったく…ちゃんと前を見てくださいな。」

 

ララフェルの女性はそう言いつつ立ち上がる。

 

「すみません…気を付けます。」

 

しょんぼりと落ち込むヒース。

 

「まあいいわ…ってあら?」

 

ララフェルの女性はヒースをまじまじと見つめる。

つま先から耳のてっぺんまで、まるで品定めをするように。

 

「う…なにか付いてましたか?」

 

おずおずと聞こうとするヒースを遮って、ララフェルの女性は言った。

 

 

「あなた…オウルビーク誌のヒースさん?」

 

「そうですけど…どうして私のことを?」

 

急に名前を呼ばれとっさに聞き返す。

 

「今回の記事、読ませてもらったのよ。なかなか、面白かったわ。」

 

「それは光栄です!」

 

尻尾をピンと立て喜ぶヒース。

しかし同時に疑問も沸き起こる。どうして私だと分かったのだろうか?

 

「あの英雄様はうちのお得意様でね。その情報を逃すわけにはいかないわ。」

 

「お得意様…?失礼ですがお名前をうかがっても。」

 

お得意様?いったい何のことだろう。

増える疑問を抑えつつ、ヒースは相手の名前を聞くことにした。

 

「あら、自己紹介をまだしてなかったかしら。」

「私はリカカ、よろしくね。」

 

「リカカさん、ですね。」

 

どこかその名前には聞き覚えがあるような気がした。

 

「ところで、かの英雄様についてお話ししたいのだけれど道端で話すのもねぇ。…もしよろしければ今夜の予定はあいてるかしら?”友人”としてお話ししたいと思ってるのだけれど。」

 

何か引っかかるような言い方だが、今夜…特に予定はなかったはずだ。

 

「大丈夫です!英雄様についてお話しできるならぜひ!」

 

ヒースは元気よく答える。英雄様の情報が入手できるとあればいかない手はない。

 

「ありがとう。それじゃあ…爺。」

 

「お呼びですか、お嬢様。」

 

どこからともなく老齢のララフェルが現れる。

 

「この方にあれをお渡ししてあげて。あと店にも話を通しておいてね。時間は…そうね19時なら予定も済んでるかしら。」

 

「承知いたしました、お嬢様。」

 

老齢のララフェルは懐から名刺らしい紙を取り出すと、ヒースに手渡した。

 

「こちらのお店に19時にお越しください。」

 

「あ、はい。ありがとうございます。」

 

名刺にはそれなりにいい紙が使われているようで、手触りが良かった。

記されている場所は、ウルダハの郊外にあたる部分だった。ここからもほど近い。

 

「それじゃ、待ってるわね。ヒースさん。」

 

リカカはそう言うと、爺と呼ばれたララフェルを引き連れて去っていった。

 

「すごい人だったな…」

 

あっけにとられるヒースは、少しの間動けなかった。

約束の時間までそこまで余裕はない。この日の買い物は切り上げてヒースは家へと足を向けた。

 

19時、ヒースが指定された店に行くと、リカカが店主と思わしきエレゼンと何か話している。
 
「あそこの席、借りるわね。」
 
「承知しました、お嬢。」
 
どうやら席について話していたらしい。
 
「あらヒースさん、お待ちしてましたよ。」
 
リカカがこちらに気づいた様子で歩み寄り、お辞儀をする。
 
「リカカさん、お招きいただきありがとうございます。」
 
リカカの言葉遣いにのまれてか、ヒースも改まってしまう。
 
「ふふ、そう硬くならなくてもいいんですのに。」
 
笑いながらリカカが言った。
 
「さ、立ちっぱなしもなんですから。座りましょう。」
 

「今日は来てくださってありがとう。急なお誘いだったから、断られてもしかたないと思っていたのよ。」

 

「いえいえ、こちらこそお誘いありがとうございます!」

 

「ところで、ヒースさん。お酒は大丈夫だったかしら?」

 

「あ、えーっと…それなりにですかね。」

 

少し照れ気味にヒースが返す。正直あまり強いほうではないと思っているため、うまく濁しておきたかったところだった。

 

「そう…うちで作ってる新作のエールがあってね。良ければ味見なんていかがかなと思ったのだけれども。」

 

新作!そうと聞いて引き下がれるヒースではなかった。

 

「そういうことでしたら!ぜひお願いしたいと思います。」

 

「ありがとう。ではそれと…何か適当に頼んでくるわね。」

 

そういってリカカはカウンターに注文を付けに行った。

 

ヒースがあたりを見渡すとほかのテーブルの客が目に入る。

ヒューラン、エレゼン、ルガディン…種族は様々だが皆一様に冒険者のようななりをしている。どうやらここは冒険者向けの酒場のようだ。壁には依頼の用紙もところどころ見受けられる。

一通り見渡し終えるとリカカがこっちに向かってくるのが見えた。

 

「何かめずらしいものでもあったかしら?」

 

不思議そうにリカカが問う。

 

「あ、いえ。ここに入ったときにリカカさんがお店の人と話してたのが見えたのですが…さっきの新作の話といい、リカカさんはいったい何者なのかなと。」

 

「あ、そうね。まだ名前しか言ってなかったわねぇ。改めまして、私ここのオーナーのリカカ・リカと申しますの。以後よろしくね。」

 

「ここリカカさんのお店だったのですか!」

 

「そうなのよ。それと新作ってのは実家が酒造とその運送をやっていてね。それで特別に販売させてもらってるの。」

 

「実家が酒造なんてすごいですね…」

 

「まあ跡継ぎは兄がいるからそっちなんだけれど…その分私は気楽でいいわよ。」

 

リカカは笑いながら言い放った。

話しているうちに料理と飲み物が運ばれてくる。

オードブルのように何種類かの料理が色鮮やかに盛り付けられている。

飲み物は木のジョッキに入っており光に照らすと黄金色なのが見て取れた。

 

「それじゃ、とりあえず乾杯しましょうか。私たちの出会いに、乾杯。」

 

そういってリカカはグラスを掲げる。ヒースも併せてグラスを掲げた。

一口含むと思ってたよりも軽い口当たりに驚く。とても飲みやすかった。

 

「これ、飲みやすくておいしいですね!」

 

「ありがとう。より多くの人に向けた製品らしいから、そう言ってもらえると嬉しいわぁ。」

 

話が弾み、英雄の話題になる。

 

image

「そうそう、今回の記事リテイナーの話でしたね。ソルシエールさんとは何度も顔を合わせたことありますからよく知っています。」

 

「そうなんですか!とても物腰柔らかな方で、素敵なお姉さんって感じでしたね。」

 

「ええ、時々商品の配達ついでに遊びにに行くんですけれど、ついつい長話しちゃうのよ。」

 

「そうだったんですね。ソルシエールさんからはもう一人リテイナーがいるとおっしゃってましたが、そちらの方ともリカカさんはお知り合いなんですか?」

 

「もう一人、おそらくエトワール君のことね。私も2,3回顔を合わせた程度だからあまり詳しくは言えないけど…」

 

「その方とは連絡が取れてないんですよ。連絡取りづらいとは聞いてましたが。」

 

「基本家にはいないらしいわ。でもヒースさん、会うなら覚悟しておいた方がいいかもしれないわね。彼はその…結構癖が強いから。」

 

「ありがとうございます?」

 

いまいち言葉の意味が呑み込めないヒースであった。

 

「リカカさんは、どうやってかの英雄様と知り合ったんですか?」

 

「はじめは商品の護衛を依頼したのよ。その頃はまだ英雄なんて呼ばれてなかったから、護衛ついでにいろいろ話したりもしてねぇ。今でも時々お願いしてるのよ?」

 

「英雄様の下積み時代って感じですね…!」

 

「そうそう、初めて会ったときは全然そんなふうじゃなくて。一介の冒険者なんだと思ってたらいつの間にか英雄なんて呼ばれちゃっててねぇ。大した出世よね。」

 

「英雄様にそんな過去が…!」

 

「あ、それならこんな話は知ってるかしら?あの人も昔ね……」

 

そうして酒と時間が進んでいく。深く深く…。

 

―――――――――――――――

 

ヒースが目を覚ますと自室のベッドの上だった。

頭は割れるように痛いし体はだるい、いつどうやって帰ったのか覚えてない。

幸い荷物はすべて無事だったようだ。

 

「頭痛ぁ…どうやって帰ってきたんだっけ…」

 

なんとか起き上がって水をのみつつ、いつも使っている手帳に何か残してないか開いてみる。

そこには1枚の領収書と、サボテンダーの落書きが書かれたメモだけだった。

昨日の話の内容はほとんど残っていなかった。

 

「昨日どうしたんだっけ…」

 

そう漏らしつつ領収書の金額を見る。

そこには買い物の予算のほぼ全額とかわいい字で

 

―――楽しかったわ、また来てくださいね。 リカカ・リカ

 

と書かれていた。