長男ポンちゃんを生んだ時はドタバタで、急な帝王切開に気持ちが全くついていけなかったと書きました。
でも、そこからさらに体力的にも精神的にもキツいことがいろいろありました。
最初に辛かったのは、赤ちゃんに全然会えなかったこと。
ポンちゃんは低体重のため保育器の中。
こっちもこっちで、術後48時間は寝たきり。
そういう状況なので仕方がない、と理解はしていました。
でも、生まれた瞬間にひと目見ただけで一度も抱っこすらさせてもらえていないって
もし自然分娩だったら、今頃赤ちゃんを抱っこしたり、母乳をあげたりできていたのかな、なんて想像したりしていました。
だから、助産師さんがポンちゃんの写真を持って来て下さった時は泣きそうになってしまいました。
枕元にその写真を置いて、ことあるごとに眺めていたのを覚えています。
両腕を顔の横に持って来る、赤ちゃん特有のポーズで眠っている何てことない写真だったんですけどね。
それをまるでアイドルの写真みたいにジーッと見てましたね(笑)
でも、写真1枚にすがりたくなるくらい精神的に参っていたんだと思います。
産後3日目くらいからバッチリ産後うつになっちゃったんですが、この時には既に片足突っ込んでたんでしょうね
そんな中、今度は体力的にも参ってしまうことが…。
まず帝王切開の直後は、血液がお腹に溜まるのでそれを下に流さないといけないそうです。
でも、横になったままなので下には流れないですよね。
じゃあ、どうするかって?
傷の上からお腹を思いっ切り押されるんです
それを数時間おきに2、3回はやったかな。
あれは、本当に悶絶するほどでした。
もう二度とやりたくないですね
それから、丸一日は絶食絶飲でした。
ずっと横になっているせいなのか、栄養の点滴もしているせいなのか、お腹は全然減りませんでした。
でも、喉が乾いて辛かった
一度だけ、うがいをしても良いとのことで横になったまま口に水を含ませた時の気持ち良さ!
水受けに吐き出さずに飲んでしまいたいほどでした。
そんな感じで、1日目は「赤ちゃんに会いたい」と「喉が乾いた」だけを考えながら眠ったり、起きたりを繰り返して終了しました。
この時点でもだいぶ辛かったのですが、ここからさらなる追い打ちが…。
2日目は、尿道カテーテルが抜かれてベッドから起きて歩いて良いとのことでした。
というよりむしろ、積極的に歩きなさい!とのこと。
ずっと寝たままだと血栓ができやすいし、お腹の傷も癒着しやすいからだそうです。
ということで、ベッドから起きることになりました。
が、ひどかったのはなんと、ベッドのリモコンを掛けるフックが壊れていたこと。
そのため、リモコンが落ちてベッドの下に迷子になっていたのです!
それがどうした?と思われる方も多いと思います。
でも、帝王切開をした人にとってベッドのリモコンは冗談抜きで命綱!
次男みー君を出産した時は、看護師さんがベッドの柵にリモコンのコードを巻いて下さいました。
そのおかげでどんなに助かったことか
というのも、帝王切開後はお腹の傷が痛むので腹筋がまるで使えません。
そのため、起き上がろうと思ったらベッド自体を動かすしかないんです。
ただ、かなり手順を踏まないといけないんですが
まずは、リモコンでベッドの角度を直角にします。
次に、ベッドの端っこまでお尻をズリズリ横移動。
そうしたら、お尻を90度回して足を下ろします。
足が床に着かない高さなら、ベッドの高さを下げて床に足を下ろします。
足が床に着いたら、ベッドの端っこギリギリにお尻を乗せます。
そして、ベッドの高さを徐々に上げていくと、あら不思議!
真っ直ぐ立つことができるんです!
こんな感じで、ベッドのリモコンをフル活用してやっとこさ立つことができるんです。
リモコンの偉大さ、分かって頂けたでしょうか。
でも、その大事な大事なリモコンが迷子になっていたんです
それまで入院なんてしたこともないので、リモコンの存在なんて全く気にしたことがなかった私。(ごめんよ、リモコン!)
入院生活半ば過ぎるまで、リモコンがベッドの下に入り込んでいるなんて少しも気付かず。
だから、何とか腹筋を使わないように起き上がろうとしていました。
腕の力だけで体を持ち上げようとするものの、全く腹筋を使わないというわけにはいきません。
毎回歯を食いしばって必死に起き上がっていたのを覚えています。
しまいには、手首が腱鞘炎になってしまったほどでした。
いやー、本当に辛かった
誰かリモコンの存在を教えてよ!
ってか、リモコンのフック直しといてよ!
いや、フックに掛けられても上半身しか動かせない状況だから、届かないんですけど。
そう考えると、みー君出産時にベッドの柵にコードを巻いてくれた看護師さんは本当に女神様でした
さて、そんな必死な思いをしながら毎回授乳に出掛けて行ったのでした。
でも、またそこでさらに精神的に追い詰められていきました。
というのも、長男ポンちゃんが上手く母乳を飲めなかったんです。
私の方は、産後2日目くらいから母乳がガンガン出て準備万端。
ところが、ポンちゃんは保育器に入っている間にすっかり哺乳瓶に慣れきっていました。
だからなのか、他に理由があるのか、上手く乳首をくわえることができませんでした。
そのため、くわえさせるだけで悪戦苦闘
しかも、そこの産婦人科では母乳を飲ませる前、片方飲ませた後、もう片方飲ませた後と3回も体重を測らなければなりませんでした。
いやいや、こっちは赤ちゃんを抱っこするのでさえやっとこさですよ。
そんなに何度も赤ちゃんを移動させるなんて怖すぎ!
その上、スケールに載せる時に頭はこっち、母乳を飲ませる時の体勢はこう、5分経ったら体重を測って反対側と細かく言われてもパニックてした。
赤ちゃんを落とさないかヒヤヒヤしているのに、そんなにいっぺんにいろいろ言わないで〜
そんな中、飲ませる前よりも体重が減っていた時もありました。
たぶん、上手く乳首をくわえられなくて格闘している間に汗をかいたりしたんでしょうね。
飲ませても減るんだったら、何のために母乳を飲ませるんだろう、と落ち込んでしまいました。
体重を測って、飲ませるために格闘して、また体重を測って、ミルクを飲ませてとやっていると、気付けば1時間が経っているなんてざらでした。
一体これは何時に授乳したことになるんだろう?
それに、毎回1時間もかかるこんなことを1日10回もやるなんて。
ポンちゃんはお腹が減っているのに飲めなくて泣いている。
私も飲ませられなくて落ち込む。
助産師さんの励ましも全部悪いようにしか捉えられない。
ポンちゃんはかわいいのに、授乳が辛くて毎日泣いていました。
そんな中、お腹の具合も思わしくありませんてました。
うつむき加減でお腹を下から抱え込むようにしなければ歩けない状況でした。
次男みー君を出産した時に発覚したのですが、お腹の傷がかなり癒着していたのです。
でも、当時は初めての帝王切開でした。
だから、帝王切開をした人はみんなこんなに痛いんだと思っていました。
でも帝王切開2回目にして、その認識は大間違いだったと気が付きました。
というのも、2回目は同じ術後2日目でも割りとスタスタ歩けたんです!
もちろん最初はお腹を押さえてソロソロ歩いていたんですが、数時間後には真っ直ぐ背を伸ばして歩けました。
お腹を持ち上げるようにしてうつむき加減で何日も歩くなんてことは一切ありませんでした。
でも、初めての時はまさかお腹の中がそんなことになっているなんて想像もしていませんでした。
みんなこんな風に痛いんだと信じて疑いもしませんでした。
それに、授乳のことで悩んでいたので自分の体のことまで気が回らなかったというのもありました。
ただとにかく、疲れていて早く家に帰ってリラックスしたいという気持ちでいっぱいでした。
お腹の痛みを我慢しながらベッドから起き上がり、上手く授乳ができなくて落ち込み、部屋で一人で食事をし、大好きな読書は目が疲れるからと禁止され、精神的にも体力的にも参ってしまっていました。
出産というものは、もっと楽しいものだと勝手に思っていたのだと思います。
それが、急な帝王切開になり、赤ちゃんは保育器に入って抱っこできない。
やっと抱っこができても母乳を上手く飲んでくれない。
母子同室が始まったかと思ったら、赤ちゃんに黄疸が出て治療のために連れて行かれる。
授乳で会いに行くと光線治療のため目隠しをされている。
顔が見えない状況で授乳をするという何とも言えない微妙な感じ。
自分が思い描いていた出産とは丸っきり違っていて、ショックとパニックで気持ちがついていけなかったのだと思います。
そりゃあ、産後うつにもなるわ
もし、ポンちゃん出産前に戻れるなら高血圧にならないように気を付けてと言いたい。
でも、それも叶わず帝王切開になったなら、これだけは言いたい。
入院中のリラックスグッズをいっぱい持って行きましょう!
お菓子(なかなか高血圧が治らなかったから、塩分控え目のやつ)とか。
大好きなラーメンズのDVD(本当は映画も見たいところだけれど、すぐに授乳で呼ばれるから)とか。
寝不足で目が開かなくなるから、蒸気でホッとアイマスクとか。
寝たきり生活の2日間は体勢が変えられなくて背中が痛くなるから、クッションとか。
あっ、あとベッドのリモコンは柵にかけてもらうよう看護師さんにお願いするのも忘れないようにしないとね