かれこれ、

尾道ユネスコ協会の事務局長のお役を頂いて、

20年になりますでしょうか・・・・・

 

その間に、

ユネスコとして出版した冊子が17冊。

それら全て小中学生に4000部を無料配布。

撮影取材から執筆・編集・印刷・配布までを、

全てを私個人の責任で制作し、

学者・関係者監修のもと出版してきました。

 

子どもたちへの『知るを楽しむ』と、

母川回帰という考え方で制作配布してきました。

 

 

尾道の歴史や文化は、

資料館や図書館の中だけに残しておけば、

それで伝承されるわけではありません。

 

これから尾道に生きていく子どもたちが、

「自分たちの住んでいる町には、こんな歴史がある」

 

「尾道には、こんな素晴らしい建物や文化がある」

 

「瀬戸内海は、昔から多くの人々の暮らしを支えてきた」

ということを知る。

その小さなきっかけを作りたいと考えてきました。

 

そのための無料配布としていました。

 

県内外からも問い合わせをいただき、

再版が続いています。

 

最近は、無料ということに慣れてしまったのか、

県外のトアル教育機関から500部を郵送してほしいとの連絡。

送料お願いできますかとお尋ねしましたら、

無料なのでしょ・・・・・・と。

送料かかるのならば・・・・・いりません。

 

トアル行政関係の方からも同様なことがあり・・・・・・

 

心の中に隙間風を感じました。

 

ということで、

HPとFBとnoteで、

制作秘話を含め公開することにいたしました。

その準備に入りたいと思います。

 

 

 

 

 

 

いやはやなんと申しますか、

仕事場の整理をしなくてはと思いつつも、

思うだけで、

何もしていない自分が腹立たしく思います。

 

 

何故にそう思うかと申しますと、

はるか以前に出会った、

気になっていたフレーズがあります。

それはある雑誌のコラム。

 

今の自分を知りたければ、

今の自分のデスク環境を見るといい・・・

その資料の散乱の様子が、

今のあなたの脳みその中だ。

仕事の進め方だ・・・・

すべきことの完成度レベルだ・・・

その当時から焼き付いた言葉でした。

 

私は一冊の本を取り、

一行でも心動くフレーズがあれば購入します。

 

直感で集められた本は、

いわば私の感性や嗅覚が選び取った、

未来への投資だ・・・と。

そんな言い訳を胸に、増え続ける書籍の数。

結局は新刊と古書の購入で仕事場が書籍の山。

 

熟読したい本なのに、

山のように積まれています。

この歳になっても、

本に相対する姿勢がわからないのであります。

 

1頁から最終頁まで時系列で読み切るのか、

必要な個所のみ読み切ってあとは流し読みなのか・・・・

小説ならば前者必須ですが・・・・

 

悶々としていたら、何気なく立ち読みしていた書籍に、

積読(つんどく)という言葉に出会いました。

恥ずかしながら・・・・・・それは数日前なのです。

 

積読について深掘りしていくと、

その言葉はナント、100年以上前からあるとのこと。

更に面白いのは、

英語圏でもそのまま "tsundoku" として定着しつつあるとのこと。

2018年7月末に英BBCが、

「Tsundoku: The art of buying books and never reading them」、

という特集記事を出したことで、

世界的にSNS上で急拡散したという経緯があるとのことでした。

 

「本好きなら誰もが共感する概念」として、

日本語のまま輸出された、

ということは、私だけではないということですよね。

不思議な安心感。

なんだか皆で渡れば怖くない・・・に似た感覚になりました。

 

 

追伸、

翻訳できない日本語として、

積読と詫び寂び・・・・そして木漏れ日があるそうです。

 

また一冊、

 

本を買ってしまいそうであります。

執筆原稿の下調べに、

赤穂市立海洋科学館・塩の国と、

赤穂市立歴史博物館へと向かいました。

懐かしかったなぁ~、

私は昭和34年生まれ。

操業はしていませんでしたが、

尾道・向島には塩田跡がリアルにありました。

記憶では一区画を軒(けん)で呼んでいたと思います。

私がよく遊んでいた塩田跡は、

7軒島とか7軒家(しちけんや)とか・・・

確か・・・11軒まであったような・・・

いい加減な記憶です。

子どもにとってはトニカク広い運動場のようなもので、

ただ地面は固く転倒して赤チンのお世話になりました。

溝がありそこにはメダカがワンサカと泳いでいました。

溝によっては海の小魚もいました。

子どもながらに、

竹ほうきのようなものがたくさんついた、

不思議な施設がずらりと並び、

何だこりゃぁ~と。

かなり後に知ったのが、

流下式枝条架併用塩田、

(りゅうかしきしじょうかへいようえんでん)。

https://www.tabashio.jp/collection/salt/s12/index.html

で硬い土は、流下盤と言って、

そこで海水の水分を幾らか蒸発させて、

竹ほうきを並べたような施設で、

上から濃い塩水を流して、

さらに濃くするというものだったのでした。

昭和47年ごろには、

しまなみ海道沿線の、

塩田の姿はなくなったと資料にありました。

赤穂市立海洋科学館・塩の国では、

その施設を復元して、

塩を作っていました。

揚げ浜式塩田と入浜式塩田も再現されていて、

その情景を炎天下の中、

昔のことを想い出しながらしばらく見入っていました。

夏休みの宿題の仕上げでしょうか、

塩つくり体験にたくさんの親子連れが来ていました。

私も体験したかったのですが、今回は子どもたち最優先で。

そして思いがけない出会いがありました。

赤穂市立歴史博物館で緞通(だんつう)に出会いました。

私はこの文様が好きで、

好きで・・・・痺れるぐらい好きなんです。

緞通を知ったのは、

箏の撮影で佐賀に伺った時のことでした。

「なんて美しいんだろう」と思ったのでした。

素晴らしい幾何学模様と繊細な色合い。

いわゆる、一目惚れをしたのでした。

 

マサカ、

ここで会えるなんてと感動ものでした。

そして、学芸員の方に聞けば、

佐賀の「鍋島緞通」、

兵庫の「赤穂緞通」、

山形の「山形緞通」が日本の代表とか。

とっても高価なもので・・・・

当時のものは到底手に入らないとか・・・・

調べ物はしっかりとできましたが、

あの日の想い出に浸る一日でした。