じゃじゃ婆なりさんのブログ

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気まぐれに書いてみるけれど
どうだろう?

長い間書いて無いなぁ

 

彼が加古川の陸軍の航空隊にいた頃の創作の一部

登場人物は実在の方です

お時間があれば・・・

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【聯隊長と阿部少尉の追従飛行訓練】
六月の日の出は早い。五時前には陽が昇る。

阿部は、城寺隊長の指導を受けるとあって、多少の高揚感に目覚めも早かった。
朝の一連のルーティンをこなし、
滑走路に出て空模様を確認した。
生身に感じる天候も航空兵にとっては重要だ。

午前は学科等の講義があり、頭脳も鍛えられる。

隊長の訓練は午後からだ。
教室棟入り口にある気象通報掲示板を確認。
朝からは気温が上がったくらいで、大きな変化は無い。

昼食前の僅かな時間、作戦室での午後からの訓練打合せを済ませた。


いよいよ訓練が始まる。
飛行前点検を済ますと隊長が告げた。
「阿部、まずは自分の機を安定させろ。
無理に隊列を組もうとするな。
隊列は余裕が出来てからでいい」

「わかったな」念を押した。
「はい」

城寺は阿部の飛行センスを見極めるつもりだ。

南風が弱く吹く中、二機の単座九七戦は離陸した。
西日本の南北の海側に二本の弱い前線が居座る気圧配置では、
風は地形によるところが大きい。
この様な気象を『疑似好天』と呼ぶ。
※注『疑似好天』は、二つの低気圧に挟まれた地域で現れる、要注意現象。

阿部は長機との距離を、出来るだけ縮めながら追従した。
やがて左旋回後北上、鶉野に向かう真北への飛行航路に乗った。

東へ歪曲する加古川を超え、
平荘湖を左手に見て、城山を越えれば、
造成中の鶉野飛行場が見えるが、

阿部の視界には長機のみ、
この五分間の彼の記憶には長機しかない。

城寺隊長は進路を北西に取った。
山を越え、池の向こうが福崎だ。
更に西方には山間が奥へと続く。
訓練生、阿部にとっての試練が始まる。


城寺は福崎上空で一挙に高度を下げた。
『ガーガーピーピー(雑音)』追従する阿部に無線が入った。
「高度は自分で決めろ。無理に高度を下げるな」
「了解」

この時の阿部は城寺の言葉の意味に気付いていなかったが、
一分も経たないうちに思い知った。

平野から山間に入ると間道には両側に山裾が迫る。
しかも谷の位置がまちまちで、風が入り込む位置が違う。
 ※注:「山間」とは地域全体を指し、「間道」は道筋やその上空の通り道を指す

隊長機は低空を平然と飛んでいるが、阿部は機体のコントロールに苦戦気味だ。
阿部の機体はより上空で風の影響は少ない筈なのだが。
だが、基礎操縦課程を難無くこなした腕には、出来ないレベルではない。

直ぐに大きめの谷筋に出ると風の流れ方向がやや南へとなった。
機体の方向をやや右方向に切れば間道を外さないし、
大きく流される風ではない。
そして、山間の開けた町に出る。問題は無い。

「ガーピー(雑音)無事についてきてるか?」
「順調です」
「そうか・・・」
城寺は時折飛行角度をずらし、阿部の機体が地上に写す影を確認していた。

町のはずれで城寺は急に高度を上げた。

その様子を見た阿部は一瞬戸惑ったが、取敢えず同じように上昇した。
何故かは知る由もない。

だが、すぐに間道は狭くなることを、隊長は読んでいた。

間道が狭くなると、
山からの吹きおろし(下降流)、
谷を走る風(水平流)、
地表で反転して上昇する風(上昇流)
が、ランダムに襲いかかる。
この状態を『山岳波』と呼ぶ。※注 rotor(ローター)、mountain wave

最悪の場合、
機体の左右、あるいは前後で逆の風が直撃すると、一挙に危険度は頂点に達する。

最悪の危機を未然に回避した九七戦二機は佐用の盆地に入った。
佐用川が優しい南へ下る風の流れを誘っている。

ここで城寺は左旋回の円弧を大きく取り、遅れている阿部の接近を促した。
阿部は距離を縮めるべく内側に回り込み、距離を詰めた。
盆地の風は安定していた。

智頭線に沿って南下すると佐用川が西に湾曲した所にでる。
佐用駅がある。姫新線と智頭線が乗り入れている駅だ。
佐用川、智頭線、姫新線がともに南に湾曲、さらに南下。
智頭線がトンネルに入る所で姫新線は佐用川沿岸を南下、すぐに西へと向きを変える。

美作への行程は山間とはいえ集落が散在し、両側の山と地表との高低差も左程ない。
懸念される風の急変もなく、二機の九七戦は姫新線をトレースして飛んだ。

城寺は残された加古川の思い出を惜しむかのように、
残してゆく若者に思いを馳せ、ツーリングを楽しんだ。

阿部はこれまでの前半の危機と、
力量に合わせて飛べる安心感から、編隊飛行を楽しんだ。

美作が見えはじめた頃、城寺は無線を入れた。
「阿部少尉、
日本原を旋回した後の小豆島へのコースは、

君が長機をやってみるか?」

「はっ?・・・」

一瞬の沈黙の後、
阿部の脳裏には日本原ー小豆島空間がコンマ3秒展開した。

「はい。やります」
阿部の決断より早く言葉が勝手に出た。

「但し、最終判断は日本原を旋回した後決める。
心の準備だけはしておけ」
城寺隊長は状況判断を保留した。

「了解しました」


城寺は美作で大きく右旋回後、平地の北西の間道へと機を進めた。
そして、間道と川の並走に沿って北上していった。

平地に出て川を横断すると、
目の前に拡がるのが日本原台地だ。
陸軍日本原演習場が拡がっている。


日本原台地は、中国山地から流れ出した河川が礫や砂を扇状に広げて堆積してできた台地である。
その後、川が土地を削り、段丘ーーつまり『巨大な階段のように段々になった地形』ーーが形成された。
扇状地由来の浅い凸凹が残り、これが格好の疑似戦場を作り出している。


城寺は台地の西側へ回り込むルートを選んだ。
一周に要する時間は約4~5分。
しかし、彼は阿部への配慮から速度を落とした。

城寺が右旋回しながら僚機を見ると、
阿部の機体はふらついていた。
美作と勝央町の境となる間山(はしたやま)、
そこを回り込む南風を読めていなかったのだ。

「ここは、南の谷筋から風が入る。
それが台地に当って跳ね上がる。
弱い風でも台地の壁で圧縮されるので多少は響く。
速度を少し上げてやろう」

阿部は操縦桿に手応えを感じた。
「制御しやすくなりました」


瀬戸内に流れ込む川は、陸地奥に支流を持つ。
その川筋は瀬戸内からの南風を誘い込む。
誘いこまれた風は日本原台地の西壁に当る。

扇状地を舐める風は、
山裾では下降、先端では上昇気流が生じる。
更に段丘崖では乱流が生まれる。


急速にコツを掴んだ阿部は、
その後の飛行を安定させた。
そして2周目に入ったところで城寺は突然閃いた。

「阿部少尉、お前にやる気があるなら、
もう1周を長機としてやらせてやってもいいぞ。
どうだ?」

暫く逡巡した後、
阿部は答えた。
「・・・やらせて下さい。自信は無いですがやってみたいです」

「よし、では、南端で入れ替わるぞ。
俺がお前の後ろに就く。
お前はそのまま旋回ルートを辿れ。
わかったか?」

「了解。南端手前で旋回ルートに入ります」

城寺はカウントした。
「3,2,1。」
彼は速度を高さに変えて減速、阿部の後ろに就いた。
 ※注 「速度を高度に変える」とは、機体を軽く上昇させて速度を落とす操作の事。上昇にエネル ギーを使うため自然に減速し、その間に後続機を前へ出させる。


阿部の日本原旋回は、格段に安定度が増していった。
城寺は、
阿部の操縦技術の勘の鋭さに確信を得た。

旋回が終わろうとする頃、隊長はある決断した。
「阿部中尉、よく聞け。
小豆島へは俺が先導する。
俺を見失わんように、しっかりついてこい。
わかったか?」

隊長の声には心なしか緊張感が漂っていた。
「了解。追従に徹します」
阿部の返答にもその緊張は伝わっている。

城寺は阿部を抜くと高度を1500~2000mの範囲に上げた。

気になる。

・・・みぞおちがざわつく・・・


日本原から小豆島へは方位角一七〇度。
播磨灘の西端に位置し、島としては大きい。
高度2000mでの眺望は申し分ない。

しかし、この時期の天候は空気がずっしりと重い。
南北の山に挟まれた瀬戸内では、
流れ込んだ風は上方に行きがちだ。
そして、上空の冷気と混ざって出来た雲が、
児島半島と四国北端辺りに
ぽつぽつと浮かんでいる。

城寺には一抹の不安がよぎる。
後続の阿部機をそれとなく確認している。


和気付近に来た頃だ。
小さな雲が集まり始めたかと思うと、
急激に上空へと昇り出した。。

備前は過ぎた、瀬戸内に入っている。
城寺は阿部に命令した。

「右旋回、方位角二七〇度」

雲は西から東へと移動する。
城寺は積乱雲の後方へ回り込む判断をした。

「右旋回、方位二七〇度、了解」
阿部は復唱した。

城寺の旋回に遅れる事1~2分か。
阿部の下方に迫った雲の上部が、
今まさに
阿部機を飲み込もうとしている。

周りの陽光がかすんでゆく。
次の瞬間、
阿部の視界は真っ白になった。

「隊長!周りが・・・」

城寺は阿部機が雲中に入ったと理解した。
「落ち着け、そのまま270度を保持しろ」

「了解。170度を保持・・・」
雲の中に入ると無線は聞きづらくなる。
角度が先程と違うことに気付く余裕は阿部にはない。

城寺は阿部の出現を待った。

遅い!

旋回しながら待つ時間は長い。

堪らず阿部を呼んだ。
「大丈夫か?」

「・・・・・・」

拙い。
阿部は積乱雲の乱流に翻弄されている。
恐らく返答をする余裕もないのだろう。

「返答はしなくていい。
後ろからの風は避けろ。
上下を見失うな。
感覚を研ぎ澄ませ。
お前の直感を信じろ!」

現状が見えない以上、直接的な助言はかえって危険だ。

なお城寺は積乱雲の後方を旋回しながら
阿部の脱出を待ち続けた。

一帯をつんざく轟音とともに限界まで膨れた雲が裂け、
一挙に滝の様な雨弾を叩きつけた。

阿部機はその中にいる。
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