*ペスト 翻訳 V(4)* | ミスター・ビーンのお気楽ブログ

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アルベール・カミュ


la peste 翻訳



「ペスト」(1947)



V  (4)

二月のある晴れた日の早暁、市民の歓呼と新聞・ラジオの報道、それに県の公式声明に迎えられて、終に市門は開かれた。それ故、語り手に残された仕事は開門に続く歓喜の有様を記録することであるが、語り手自身は手放しでその仲間に加わるわけにもいかなかった。

昼と夜に向けて、大々的な祝賀行事が企画されていた。同時に、列車が煙を吐きながら駅に入り始めた。一方、遠い外洋からやって来た船が我が都市の港に向かっており、そうすることで、その日が別離に苦しんでいた全ての人々にとって、大いなる再会の日であることを伝えていた。

ここで、あれ程多くの我が市民たちの心に住み着いていた別離の情が、いかなる感情になり得るか容易に想像がつくだろう。昼の間、我が都市に入って来る列車は、都市から出て行く列車に劣らず満杯だった。土壇場になって県の決定が覆るのではないかとびくびくしながら、2週間の猶予期間中に、誰もがその日の列車の座席を予約していたのだった。それに、都市にやって来る旅行者の中には、不安を完全には拭いきれない者もいた。何故なら、彼らは近親者の状況は概ね承知していたが、他の人々や都市そのものについては全く何も知らなかったし、この都市は恐ろしい様相をしていると思い込んでいたのだ。しかしこのような不安は、ペスト期間中、情念に身を焦がすことのなかった人々に限られる。


と言うのも、情念に駆られた人々の心には、都市に残された愛する人への思いしかなかった。ただ一つ変わったものと言えば、それは「時間」に対する思いだった。追放を余儀なくされたこの数か月の間、「時間」がその歩みを速めるようにその背中を押してやりたいと彼らは思っていたであろう。また、既に我が都市の姿が見えてきたときにも、ひたすら「時間」の歩みを進めたいと願っていたのだが、いざ列車が停車に備えてスピードを緩め始めるや、逆に彼らは「時間」がその歩みを緩め、止まったままでいてほしいと願うのだった。彼らの中にある漠とした、それでいて強烈な感情、つまりこの数か月愛する人と過ごすべき時間を失ってしまったという思いに駆られて、彼らはそれとなくその代償のようなものを求めていた。おそらく、喜びを味わう時間が再会を待ち望んでいたいた時間の半分の速さで流れてくれればと思っていたのだ。そして、例えばランベールのように(そして、ランベールの「妻」は、数週間前に開門の知らせを受け、この都市に来るのに必要な準備を全て整えていた)、寝室で、あるいはプラットホームで彼らの到着を待っている人々も同じ焦燥と混乱を味わっていた。何故ならランベールは、数か月に及ぶペストが現実離れしたものにしてしまったその愛情、あるいは情愛の気持ちを、その支えとなっていた生身の彼女と付き合わせるのを、震える思いで待ち受けていたのだ。

おそらく、ランベールはペストの流行が始まった時の自分、つまり、一挙に都市を飛び出し、愛する女の下に駆けつけたいと思っていた昔の姿に戻りたいと願っていたことだろう。しかし彼には、それはもう不可能であることが分かっていた。彼は変わってしまったのだ。ペストが彼の心に昔のように一途になれないものを植え付けてしまったのである。ランベールは力の限りそれを打ち消そうとしたが、それでも、相変わらずそれは鈍い痛みとなって、彼の心の中に残っていた。ある意味、彼にはペストが余りにも唐突に終わってしまったという気持ちがあり、心の平衡を失っていた。幸福が猛スピードで訪れ、事の進展は予想以上に速かった。今まで奪われていたものが全て一挙に返され、喜びはゆっくり味わってなどはいられぬ焼けつくようなものになることがランベールには分かっていたのだ。


la peste V ㉒

それに、意識の差はあるにしても、皆がランベールと同じ気持ちだった。そこで皆のことを語らねばならない。個人個人の生活が再び始まっている駅のプラットホームの上では、彼らはまだ同じ運命共同体に属しているという意識があり、互いに視線を交わし、微笑みを交わしていた。しかし、流刑に処せられているという彼らの感情は、汽車の煙を見た途端たちまち消え去り、得体のしれぬ、めくるめくような歓喜の波に呑み込まれた。いつ果てるとも知れぬ別離、それはしばしばその同じプラットホームで始まったのだが、列車が停まり、それまでその生(なま)の感触を忘れていた相手の肉体を喜びのあまり貪るように両腕で抱きすくめたとき、一瞬にして終わりを告げた。ランベールは自分の方に駆けて来る相手の姿を眺める暇も無かった。と言うのも、そのとき既に、彼女は彼の胸に飛び込もうとしていたからだ。そして見覚えのある髪の毛しか見えぬ頭を胸に押し付け、両腕で彼女を抱きしめると、思わず涙が流れてきた。その涙が今現在の幸福ゆえなのか、それとも、余りにも長い間押さえつけてきた苦しみゆえなのかランベールには分からなかった。ただ少なくともその涙ゆえに、彼の肩の窪みにうずもれているその顔があれほど夢見ていた相手の顔なのか、あるいは逆に、見知らぬ女の顔なのか確かめることが出来ないであろうことは確かだった。彼の疑念が正しいかどうかは後になれば分かるだろう。差し当たりランベールは、周りの全ての人々と同じように振る舞おうと思っていた。彼らはどうやら、ペストはやって来て立ち去って行くが、人の心はそのことで変わることは無いと信じている様子だった。

互いにぴったり身を寄せ合って、皆は家路についた。そのとき、彼らは他の人々のことなど眼中になく、見たところペストを克服し、あらゆる苦痛を忘れ、同じ列車に乗り合わせながら、プラットホームには誰の姿も見つからなかった人々、長い間便りが無かったことから心の中に既に生まれていた様々な不安や懸念を自宅に向かって確認しようと覚悟を決めた人々のことも忘れていた。そうした人々、つまり、今や真新しい苦しみだけが道連れである人々にとって、また、そのとき、ひたすら亡くなった人の思い出に耽っている他の人々にとって、事情は全く違っていたのであり、別離の情はその頂点に達していたのだった。今や墓碑銘もない穴の中に迷い込んだ人と、あるいは、火葬場の灰の山の中に紛れ込んだ人と共に過ごす喜びを一切失ってしまった母や配偶者や恋人にとって、相変わらずペストは続いていたのだった。


la peste V ㉓

しかし、こうした孤独があることを誰が考えただろうか?正午になると、太陽は朝から日の光に抗うように吹いていた寒風に打ち勝ち、不動の光の波を絶え間なく都市に降り注いでいた。その日、仕事は全て休みになっていた。丘の頂にある要塞の大砲が、晴れ渡った空に間断なく砲声を轟かせた。市民全員が表に飛び出し、苦しみの時が終わりを告げ、それでいて忘却の時がまだ始まっていはいないこの息詰まるような瞬間を祝った。

広場という広場では、皆が踊っていた。交通量は膨れ上がり、自動車はますますその数を増し、渋滞した街路を難儀しながら走っていた。午後の間ずっと、町中の鐘が勢いよく鳴り、金色に染まる青空をその振動で満たしていた。と言うのも、教会では感謝の祈りが唱えられていたのだ。しかし同時に、盛り場も人ではち切れんばかりであり、カフェでは先のことなど頓着せずになけなしの酒を気前よく客に出していた。カフェのカウンターの前には、皆同じように興奮した面持ちの客が詰め掛け、その中には腕を絡ませたカップルも数多くいたが、彼らは人目に晒されることなど気にもかけていなかった。誰もが皆、大声で叫び笑っていた。誰もが心を縮ませていたこの数か月の間蓄えてきた命の備蓄、彼らはそれを、言わば生き残りの記念日とも言えるその日には、惜しげも無く使っていた。明日はまた、様々な配慮の伴う実生活が始まることになる。しかし差し当たり今は、生まれも育ちも全く違う人々が肩を並べ、友情を育んでいたのだ。実際、死の存在が実現しなかった平等というもの、それを解放の喜びが、少なくとも数時間の間は確立していたのだった。


la peste V ㉔

しかしこのありきたりの陽気さが全てを語っているわけではない。夕方近く、ランベールの傍らで通りを満たしていた人々は、穏やかな態度の下にもっと微妙な幸福感を隠していた。と言うのも、多くのカップルや家族たちは、外見は平和な散策者にしか見えなかったのだが、実際は、自分たちが苦しんだ場所を複雑な思いで巡礼のように一つ一つ訪れていたのだった。この都市にやって来た新参者に、彼らはペストの残した明白な印、あるいは、隠れた印を、つまりペストの歴史を物語る痕跡を見せていたのだった。ある場合には、多くのことを目撃し、ペストと同じ時を生きた者が果たす役割、つまりガイド役を彼らは演じているだけだった。そしてペストのもたらす恐怖を思い起こすことなく、その危険を口にしていた。それは罪のない喜びであった。しかし別の場合には、もっと心穏やかならぬ道程もあったのだ。そのときは、恋する男が連れの女に向かって、思い出のもたらす甘い苦悩に身を任せ、「あの頃、この場所で、僕は君が欲しかった。でも君はいなかったのだ。」と言っていたのかもしれない。そのとき、こうした情念の旅人たちは他の連中からは見分けがつくのだった。彼らは周囲の喧騒の中で小島を作り、ささやき声と打ち明け話を交わしていた。四つ角に出て演奏しているオーケストラ以上に、ペストからの真の解放を良く伝えていたのは彼らの存在だった。何故なら、喜びにあふれ、ぴったりと心を寄せ合い、言葉数も少ないこのカップルたちは、周囲の喧騒の中で、勝ち誇り、不公平にも見える幸福感を漂わせながら、ペストが終焉したこと、そしてペストがもたらす恐怖はその盛りを過ぎてしまったことを断言しているのだった。あらゆる明白な事実があるにもかかわらず、彼らは平然と否定していた。人が殺されることが、蠅が殺されるのと同じぐらい日常茶飯事であったあの狂気の世界を我々がかつて経験してきたことを。あの紛う方なき残虐さを。あの計算ずくの精神錯乱を。「現在」以外の全てのものに対して恐ろしい自由をもたらすことになったあの拘禁状態を。ペストに殺されなかった全ての人々を茫然とさせていたあの死の臭いを。そして最後に彼らは、我々が茫然と立ち尽くす市民であったこと、その一部が火葬場の窯の口に積み上げられ、もくもくと立ち上る煙となって消えていき、一方残された者たちは、恐怖と無力感の鎖にがんじがらめにされて、自分の順番を待っていたあの市民であったことを否定していたのだった。

いずれにしろ、リゥ医師の目にはっきりと映ったのはそのことだった。彼は周辺地区に行くつもりで、夕方近く鐘と大砲が鳴り響く中を、音楽と耳を聾するような叫び声の中をただ一人歩いていた。医者としての彼の職務はまだ続いていた。病人に休暇など無いからだ。この都市に注がれた美しい薄明りの中で、昔ながらの焼肉とアニス酒の臭いが立ち上っていた。リゥの周りでは人々の陽気な顔があり、空を見上げていた。男と女は顔を火照らせ、すっかり興奮して欲望の叫び声を上げ、互いにしっかり抱き合っていた。そう、ペストもその恐怖も終わっていたのだ。実際、互いに絡み合ったそれら男女の腕は、ペストとは、その深い意味で、追放、あるいは、流刑であったこと、そして別離であったことを物語っていた。


la peste V ㉕

リゥは、これまでの数か月、道行く人々の全ての顔に彼が読み取ってきたあのよく似た表情に初めて名前を付けることが出来た。今はもう、周りを眺めるだけで彼には十分だった。苦痛と欠乏を伴ってペストが終わりを告げたとき、この人たちは皆、既に長い間彼らが演じてきた役割にふさわしい衣装、つまり、亡命者の衣装を身に着けるに至ったのだ。最初はその顔つきが、そして今やその衣服が「不在」と遠く離れた故郷の存在を物語っていた。ペストが市門を閉鎖した時から、彼らはもう別離の中で生きるしかなかった。彼らは全てを忘れさせてくれるあの人間的な温もりから排除されていたのだった。程度の差はあるにせよ、都市の隅々でこうした男女は不在者と結ばれることを切望していたのだ。どんな結びつきか、それは人さまざまであったが、結ばれることが不可能であることは皆同じだった。彼らの大部分は、不在者に向かって全力を振り絞り叫んでいた。肉体の温もり、情愛、あるいは、慣れ親しんだ習慣に向けて叫んでいたのだった。ある人々は、しばしばそうとは知らずに、自分が人間同士の友愛の埒外に置かれていることに、手紙や列車、船といった友愛を築くための通常の手段で不在者と結びつくことが最早出来なくなっていることに苦しんでいた。また、稀ではあるが、おそらくタルーのように、定義することは出来ないまでも唯一望ましい善に思える何かと結びつくことを望んでいる人々もいた。そして彼らは、他に呼び様がないので、ときにはそれを心の平安と呼んでいたのだ。

リゥは歩き続けていた。前に進むにつれて、周りの群衆の数は増え、喧騒はヴォリュームを増し、リゥには彼が向かっている周辺地区がその分遠ざかっていくように思えた。次第に彼は、喚き散らしているその群衆の中に溶け込んでいった。リゥにはその叫びの意味がますますよく分かってきたし、少なくともその一部は彼自身の叫びでもあったからだ。そうなのだ、肉体的にも精神的にも皆一緒に苦しんできたのだった。耐え難い不在に、救いようの無い流刑に、そして決して満たされることのない渇きに苦しんできたのだった。山積みにされた死者、救急車の鐘の音、宿命と呼ぶにふさわしいものが発する警告、頑固に踏み止まる恐怖、凄まじい怒りに溢れた彼らの心、それらの間を縫って、遠くから大いなる騒めきが絶えず流れ込み、この恐怖に駆られた人々に警告を下し、彼らの真の故郷に戻らねばならぬと伝えていた。彼ら全員にとって、真の故郷はこの息が詰まる都市の城壁の向こうにあった。それは丘の上の香しい茂みの中に、海の中に、自由な土地の中に、そして愛の重みの中に有るのだった。そして、その他のものからはいかにも不快げに目を背け、彼らは真の故郷に戻ることを、つまり、再び幸福になることを望んでいるのだった。


la peste V㉖

この流刑と、不在者と再び結ばれたいというこの欲求にどんな意味があるのか、そのことについてリゥは何も分からなかった。四方八方から人に押され、ときには声をかけられて歩き続けていくと、彼は徐々に人通りの少ない通りに入って行った。そしてリゥは、こうしたことに意味が有るか無いかは重要ではない、人々の希望にどんな答えが与えられるのかだけを見なければならないと考えていた。

今やリゥにはその答えが分かっていた。そして周辺地区の殆ど人通りのない最初の通りにさしかかった時、その答えがますますはっきりと見えてきた。ささやかな自分に満足し、愛の巣である我が家に戻ることだけを願っていた者たちは、時に報われることがあった。確かに、彼らの中には待っていた人を奪われ孤独に町を歩く者もいた。しかし、ペストが流行する前に一挙に愛を築くことが出来ず、何年もの間、反発し合う恋人同士を最後には結び付けてくれる困難な和合を盲目的に追い求めてきた連中のように二重の別れを味わわずに済んだこれらの人々はまだしも幸せだった。リゥ自身もそうだったのだが、二重の別れを味わった者たちは軽率にも時間をあてにしていたのだった。その結果、彼らは永遠の別れを味わうことになった。しかし、ランベールのように―リゥ医師は正にその日の朝、「しっかりし給え、今こそ正念場だ。」と言って彼と別れたのだが―そのランベールのように失ってしまったと思い込んでいた不在の人と何のためらいもなく再会した人たちもいたのだ。少なくともしばらくの間は、彼らは幸せだろう。彼らは今や、常に望むことが可能で、ときには手に入れることが可能なものが有るとすれば、それは人間の愛情であることを知ったのだった。

逆に、人間を超えて、彼らには想像すらつかぬ何ものかを相手にしていた全ての人々にとって、答えは何一つ与えられなかった。タルーはどうやら、生前彼が口にしていたもの、つまり手に入れ難い心の平安にたどり着いたように思えるのだが、彼がそれを見い出したのは死の床に就いたときであり、もはや彼にはそれが何の役にも立たぬときであった。それとは裏腹に、リゥが見かけた人々、つまり、薄明りの中で戸口に立ち、全力で抱き合い、夢中になって互いを見つめ合っている人々が望むものを手に入れたのは、彼らが自分の心次第で手に入るものだけを求めていたからだった。そして通りを曲がり、グランとコタールの居る通りに入った時、人間であることに甘んじ、その貧しくも素晴らしい愛で事足りている人々に時折喜びが報いてくれることは正しいとリゥは考えるのだった。


la peste V ㉗

(ミスター・ビーン訳)

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