*フィッシャー・ディスカウのシューベルト(2) -菩提樹-* | ミスター・ビーンのお気楽ブログ

ミスター・ビーンのお気楽ブログ

好きな音楽の話題を中心に、気の向くままに書いていきます。

今日の1曲目は、歌曲集「冬の旅」の第5曲、最も有名な曲である

「菩提樹(Der Lindenbaum)」

です。

暗く凍てついた冬の夜、夢と希望を失って、いわば死を求め
てあてどもない旅に出る若者の耳に、優しく囁くような菩提
樹の葉のざわめきが聞こえます。

人生に夢を持ち幸福であった頃、その木陰で夢に浸りその幹
にたくさんの愛の言葉を刻みつけた菩提樹の木です。

真夜中に聞く葉のざわめきは「さあ、ここに来てお休み。こ
こにお前の安らぎがある」と囁いているようにも聞こえます。

そのとき一陣の冷たい風がふき、若者を過酷な現実へとひき
もどし、彼はその場を逃げるように立ち去ります。

しかし、彼が愛した菩提樹の囁きは若者の心から消えることは
ありません。
いつの日か、「人生は美しく生きるに値するものだった」とい
う気持ちで若者はこの場所に戻ってくることが出来るのでしょ
うか?

この歌を聞くと、ドイツの文豪トーマス・マンの長編小説
「魔の山」のラストシーンを思い出します。

世間から隔絶されたアルプスの結核療養所にいた主人公ハンス
が7年間の無為な生活を捨てて、厳しい現実の社会、つまり第一
次世界大戦の戦場へと意を決して赴くとき、彼の頭の中に鳴り
響いていたのは、他ならぬこの「菩提樹」でした。


5.Der Lindenbaum
Am Brunnen vor dem Tore,    
Da steht ein Lindenbaum,    
Ich träumt' in seinem Schatten    、
So manchen süßen Traum.
       

市門の前の 泉の側、
そこに一本の菩提樹が立っている。
僕はその木陰で見たものだった、
とてもたくさんの甘い夢を。


Ich schnitt in seine Rinde    
So manches liebe Wort;        
Es zog in Freud' und Leide    
Zu ihm mich immer fort.


僕はその皮に刻み込んだ
とてもたくさんの愛の言葉を。
嬉しい時も悲しい時も
僕はいつもその樹に惹かれていった。
       

Ich mußt' auch heute wandern    
Vorbei in tiefer Nacht,        
Da hab' ich noch im Dunkeln    
Die Augen zugemacht.
       

僕は今日も木の側を通って
真夜中に旅立たなければならなかった。
その時、僕は真っ暗闇にもかかわらず
目を閉じてみた。


Und seine Zweige rauschten,    
Als riefen sie mir zu:        
Komm her zu mir, Geselle,    
Hier findst du deine Ruh'.
    

するとその枝たちがざわめいた、
まるで僕に呼びかけるように。
「こっちへ来なさい、友よ、
ここに あなたの安らぎがあります」


Die kalten Winde bliesen    
Mir grad' ins Angesicht,   
Der Hut flog mir vom Kopfe,    
Ich wendete mich nicht.
       

冷たい風が僕の顔に向かって
正面から吹いてきた。
帽子が僕の頭から飛んでいっても、
僕は 振り返りはしなかった。


Nun bin ich manche Stunde    
Entfernt von jenem Ort,        
Und immer hör' ich's rauschen:    
Du fändest Ruhe dort!
       

いま 僕は何時間も
あの場所から離れたはず。
けれど僕にはずっと ざわめきが聞こえたままだ
「あなたはここで安らぎを得られたのに!」


2曲目は、シューベルトの初期の作品

「羊飼いの嘆きの歌(Schäfers Klagelied)」Op.3-1

です。ゲーテの詩による1814年の作品で、有名な「糸を
紡ぐグレートヒェン」の直後に作曲された曲です。
シューベルトの初期の傑作の一つ。


Schäfers Klagelied
Da droben auf jenem Berge,
da steh ich tausendmal,
an meinem Stabe hingebogen,
und schaue hinab in das Tal.


あの山々の上、
あそこに僕は何千回と立ち、
自分の杖にすがっては
谷を見下ろしていた。


Dann folg ich der weidenden Herde,
mein Hündchen bewahret mir sie;
Ich bin herunter gekommen
und weiß doch selber nicht wie.


そうして放牧の群れの後を追うと
僕の犬が群れを見張っている。
僕は山を降りてきたけど
一体どうやって降りたのか自分でも分からない。


Da stehet von schönen Blumen
da steht die ganze Wiese so voll;
ich breche sie, ohne zu wissen,
wem ich sie geben soll.


この牧草地は一面に
美しい花で満たされている。
僕はそれを折るけど、誰にあげればいいかは
分からない。


Und Regen, Sturm und Gewitter
verpaß ich unter dem Baum.
Die Türe dort bleibet verschlossen;
doch alles ist leider ein Traum.


そして雨や嵐や雷は
木陰でやり過ごす。
あの扉は閉じたままだ。
悲しいがすべては夢でしかないんだ。


Es stehet ein Regenbogen
wohl über jenem Haus!
Sie aber ist fortgezogen,
und weit in das Land hinaus.


虹がきれいに
あの家の上にかかっている!
だが彼女は去って
この地からは遠く離れてしまった。


Hinaus in das Land und weiter,
vielleicht gar über die See.
Vorüber, ihr Schafe, nur vorüber!
Dem Schäfer ist gar so weh.


この地からは遠く離れて、
もしかしたら海も越えて。
行こう、羊たちよ、さあ行こう!
羊飼いというのは本当に悲しいものだ。