ありがたいね…(ノ_・。) | DAIGO嫁 りえち♪の………『DAIGOしか愛せません』

ありがたいね…(ノ_・。)

あたしは、ほとんど親がいないと同然…父親と少し交流がある程度で、母親とは縁がないに近い。

生まれて半年で両親が離婚してから、父方の祖母に育てられてきた。

そこで、父方の姉…まぁ、伯母が母親みたいに可愛がってくれてきた。

伯母は、子供ができない体で、結婚したのはバツイチ子持ちで相手の連れ子を子供として育てた。

なので、戸籍上の自分の子供より、あたしを可愛がってくれた。


あたしが高2の9月21日…たまたま祭日だったから、学校も休みでゆっくり寝てたら、祖母の様子がおかしい…

『ん?ばあちゃん、どした?』と聞いても反応が鈍い…
普段から血圧が高い祖母には、具合が悪い時にあたしの名前や自分の誕生日を言わせて、意識の確認をしてた。

その日も同じように質問しても、答えが返ってこない…そのうち、横になったまま意識がナイよぉな状態になって行った。

あたしはすぐに伯母に電話して指示を仰いだ。

救急車を呼び伯母に連絡して、あたしも同乗して行ったが、病院までの間『今までゴメンなさい…ちゃんと言う事聞くし、あたしの命と引き換えにしてもイイから、ばあちゃんを助けてください』と、祈っていた。

中学生の時は、休みと言えば今で言うショッピングモールに行って、逆ナンの日々…お小遣いがなくなると、祖母に物をぶつけたりしてお金をせびったり、友達に借りて出掛けていた…心では『ばあちゃんゴメン…』と思いながら…

病院に着いて検査をしたら脳梗塞で植物人間になってしまい、食事・排泄その他全て、自分ではできなくなった。

そこで、伯母とあたしで交代で介護につく事になった。

朝、伯母がお弁当を作り片道2時間かけて病院に来て、あたしはそのお弁当を病院の面会室で食べ、制服に着替えお昼ご飯代をもらい学校に行く。

学校が終わり次第まっすぐ病院に行き、病院の売店で夜ご飯を買い、伯母が帰宅…夜中はあたしがオムツを取り替えたり、流動食の準備や後片付け。

落ち着いたら面会室で少し勉強して、祖母のベッドサイドで寝て朝を迎える。

…この繰り返しを1ヶ月。

さすがに伯母的にキツかったらしく、介護さんを雇う事になったが、あたしは反対だった…他人に任せておけなかった。

で、ベッドサイドで
『あたし、学校辞めて介護する』と、言った瞬間…

『学校だけは卒業しな、バカ』
祖母の最後の言葉だった。

祖母は、体が弱いあたしに家から遠い公立に行かせず、家や掛かり付け病院から近い私立の学校を奨めた。

入学金などは友達数人に用立ててもらい、入学させてくれたのは良かったが、返済が待っていた。
あたしには、フツーに食事を用意してくれたが、自分は残り物なんかで食べてたらしく、脳梗塞の検査の時、医者に『今時珍しく栄養失調ですね』と言われ、とてもショックを受けた。
その大変さが、最後の一言を言わせたのだろう…


それからは、祖母の妹の家に居候したが、祖母の妹もイイ歳なので、伯母の家に居候する事になり、高校の後半1年3ヶ月くらいは片道2時間かけて学校に通った。

祖母は植物人間のまま12年過ごし、離婚して札幌に帰ってきたあたしをまってたかのよぉに他界した。

その後も伯母には、お世話にになりっぱなしで、生活がキツくなると少し助けてもらったりしてきた。

その分も返せてナイのに、1時間程前…たくさんの缶詰やイクラ・なます・煮豆などと一緒に子供たちへのお年玉と、『お正月料理を買いなさい』と手紙を添えてお金が入っていた。

申し訳なさや有り難さで涙が出そうだよ…

照れるから直接は言えないから、この場を借りて言わせてください。

『ババ…いつもホントにゴメンなさい。そしてありがとう。あたし、頑張るからね』