久し振りにこの場所に来ました・・

 

 昔はよく 爺様と来てここからの

 風景をぼんやりと見ていました

 

 ・・・・

 

 たくろう様 ほら・・あの・・すぐ目の前に見える

 山が有りますでしょう・・

 

 目の前の山・・

 

 

 はい・・若い時には よくあの山へ

 爺様と二人で登ったもんです

 

 へーー

 

 山の中腹には 椿の森があるんです

 そこによく行って椿の花を楽しんだ物です

 

 

 で、またいつか行こうって 言ってたんですけど

 結局行けずじまいでした

 

 

 あの山の椿の森で爺様がわたしに・・

 夫婦(めおと)になろうって言ってくださった

 んですよ

 

 えっ・・

 

 

 そんな想い出の山なんです・・

 でも あの人と夫婦(めおと)になってからは

 死に物狂いで必死に働いて来ましたから

 山へ行く事なんて すっかり忘れてました

 

 

 でも 爺様も死んでしまいましたから

 もうあの山へ行く事も無いでしょう・・・

 

 それが ちょっと心残りです・・

 

 

 あの椿の花の美しさ・・もう一度見たかったな・・

 

 ばっちゃん 山へ行こうっ!

 

 え・・

 

 俺が ばっちゃんを あの山に

 連れて行ってやる

 

 ええっ!?

 

 

 ありがとうございます

 

 でも ばっちゃんは もうあの山を登る

 元気はありません

 

 いーや 俺がばっちゃんを背負ってでも

 連れて行ってやる

 

 絶対だからなっ

 

 たくろう様・・・

 

 はい・・楽しみにしております

 

 

 

 あっ

 

  おたかさん たくろう様とはるさんですよ

 

 

 

 たくろう様 笑ってらっしゃる・・

 

 

 ふ・・

 

 うっ!

 

(胸の痛む頻度が増して来た・・)

 

(私も そろそろヤバイかも・・)

 

 

 

 

  この日は平穏に終わりそうだったが

 そうでは無かった

 

 

 くそ・・

 

 もっと美味い魚は無いのかっ

 

 も・・申し訳ありません

 お越しに来るのが解っていれば

 ご用意出来たんですけど・・

 

 なんだとっ 突然来たのが迷惑だって言うのかっ

 いえ そういう訳では・・

 

 大体 珍念はどうしたっ

 わしが来てるのに挨拶は無しかっ

 

 くそー あの野郎 さっさと帰れー

 梅さん ごめんなさい

 

 まあ梅さんに任せるのが一番いいよ

 なんせ手慣れてるもんな

 まあ そうなんですけどね

 

 

 珍念 あいつは誰だ

 えっ!?

 

 あ・・あの お方は本山から来られた 

 王喜上人です

 

 本山・・?

 

 で、何で本山の坊主があんな偉そうなんだ

 そ・・それは・・

 

 あいつは本山の上納金担当だ

 

 上納金・・?

 

 末寺から本山に納める・・まあ はっきり

 と言えば金だ その上納金の割り振りを

 あいつが決めている

 

 まあ酒さえ飲ませていれば機嫌がいいと言う

 解りやすい奴だからな それですむなら

 そうやって簡単に終らせた方が楽だ

 

 上納金も高いより安いに越した事は

 無いからね

 

 王喜上人も昔はあんな方では無かったんですけどね

 

 ああ 昔は「学問の王喜」と言われる程

 教学に長けていたからな  それが1度の

 挫折で落ちる所まで落ちた

 

 理想が高かっただけに 現実との落差に

 絶望してしまったんだろう  ある意味

 純粋すぎたのかも知れない・・

 

 しかし今日は酒癖が悪いな・・


 

  あっ!

 

 たくろう様 何処へっ

 

 

 あわわ エライ事に・・

 わはは これは面白そうだ

 

 

 

 

 

 

 たくろう様・・

 

 

 そうか お前がたくろうか・・

 噂は聞いている・・先代の息子なんだってな・・

 

 で、何か用か・・

 挨拶でも しに来たか・・

 

 

 帰れ・・

 

 なにぃ・・

 

 あー・・たくろう様~・・

 わはははは

 

 寺で生臭物を食らい 酒を飲むクソ坊主め

 

 貴様・・

 

 

 

 

 うわっ

 

 たくろう様っ!

 

 何をするっ!

 

 あーーーーーーっ!

 おしっ やったっ

 

 

 くそ・・

 

 お・・お・・お前なんかに・・

 

 お前なんかに わしの気持ちが

 解ってたまるかーーっ

 

 わしだって理想に燃えていたっ

 この不公平な世の中を本気で変えよう

 そう思っていたっ

 

 でも それは単なる理想だと悟った

 本山の中でさえ 権力争いがはびこり

 強い物が弱い物を蹴落として行くっ!

 

 わしは訴えたっ 本山の改革を訴えた

 でも そんなわしを本山は誰もが嫌がる

 金集めの役を押しつけた わしを排除しようとしたんだっ

 

 王喜上人・・

 あいつ何を言ってるんだ 勘違いも甚だしい

 相当ひねくれてるな

 

 

 お前如きの山猿が 仏の教えなど

 何も解らぬ 輩がなにを偉そうに・・

 

 では言えるのかっ 仏教とは何だっ

 仏の教えとは何だっ

 

 まだ経文のひとつもまともには読めまいっ

 そんな奴が答えられないだろうっ

 山猿のお前など わしに逆らうなど身の程を

 知れっ

 

 悔しかったら言ってみろっ

 仏の教えを言ってみろ

 我が宗祖の本願を言ってみろっ!

 

 王喜上人・・何と言う無茶な事を・・

 アホかあいつ 素人相手に何を言ってるんだ

 

 

 

 

 

 国の宝とは何者ぞ、宝とは道心なり・・

 

      !

 

       ! 

 

  なにっ・・!

 

 あ・・あいつ 今なんて言ったっ

 あ・・あれは確か・・

 

 

 故に古人言はく、「径寸十枚、是国宝に非ず。

 一隅千を照らす、此則ち国宝」と

 古哲又云はく、能く言ひて行ふこと能はざるは国の師也。

 能く行ひて言ふこと能はざるは国の用也。

 

 あの文言は確か・・

 

 あれは確か 伝教大師最澄様の

 「山家学生式」(さんげがくしょうしき)の一節

 それをどうして あいつが知っているんだっ!

 

 え・・おたかさんが教えたんじゃ・・?

 

 私が教えた事も無い またそういう書物も

 与えた事は無いっ

 えええ じゃあどうして知ってるんでしょうっ

 

 

 あいつ・・まさか・・まさか・・

 

 能く行ひ能く言ふは国の宝也。

 三品の内、唯言ふこと能はず、

 行ふこと能はざるを国の賊と為すと。

 

 

 

 おたかさん・・

 

 

 伝説の 「中興の祖」・・

 

 えええええっ!

 

 貴様・・・

 

 

 

 

 

       たくろう覚醒!

 

             続く