1955年制作 木下恵介監督 伊藤左千夫原作


モノクロ


キャスト

老人:笠智衆 船頭:松本克平

政夫:田中晋二 民子:有田紀子


政夫の母:杉村春子 栄造:田村高廣

お増:小林トシ子 民子の姉:雪代敬子


さだ:山本和子 民子の祖母:浦辺粂子




この映画が公開された当時、文学的な

タイトルに惹かれて観たいなと思いつつ


何十年も過ぎてしまいましたけど、

春子さんの出演作として上映されると


解って是非観ようと思いました。




物語は伊藤佐千夫の小説「野菊の墓」を

木下恵介監督が映画化、明治30年頃


まだ、家父長制度が色濃く残る信州、善光寺平

と言う所で、少年と少女の儚い思いを


大自然の中抒情的に描かれています。



秋の善光寺平の千曲川べり、一人の老人が

渡し舟に乗り六十年ぶりに故郷を訪れます。


男の名前は政夫、船頭とは昔なじみで、誰も

いなくなった生家を近隣の人々が幽霊屋敷と


呼んでいると話す。





「待つ人も待たるる人も限りなき思ひ偲ばむ

北の秋風に」、笠智衆扮する老いた政夫の


詠む句が風景の中に書き出されます。






 世にありきひとたび逢いし君といえど

 わが胸のとに君は消えずも


そうして政夫老人は忘れる事の出来ない

少年の日の出来事を回想していきます。


政夫の生家は近隣の地主の中でもひときわ

大きく、跡取りの長男田村高廣さん、その嫁の


さだ、栄造の姉お増、その他作女、作男など

大勢の人間が働いていた。


この生家を取り仕切るのは政夫の母、杉村春子。


この時代でも結婚してる女性はお歯黒なんですね

春子さんは、病弱で、寝たり起きたりの生活で



政夫が十五才の秋、春子さんの姪にあたる

民子に家の手伝いをして貰うため来て貰う


事になり、政夫は船の渡し場まで迎えに行った。



政夫が十三、民子が十五才の時だった、

二人は小さい頃から、姉弟のように仲が良く、



政夫は民子が大好きで、民子も政夫と遊ぶのが

楽しかった。座敷を掃くと言ってほうきで政夫を


突いてみたり、私も本が読みたいと言ってみたり

かと思うと、政夫の耳ひっぱって逃げて行ったり


そんな事をして遊ぶのが面白く楽しかった。

見かねて春子さん注意するのだけど、春子さんも


民子が可愛くて、小言にならない、



民子は春子さんに「手習いがしたい」とねだりますが

「お前には手習いより、裁縫です。着物の一つも


縫えなければ、お嫁に行けないよ」と諭します。

このセリフは時代を感じますね~


二人は農作業してる兄夫婦たちへ昼の用意を

して持って行ったり



山の畑に茄子をもぎに行ったり楽しそうなのを



作女のお増などは面白くなくあの二人は

いつもくっついていてとみんなに告げ口して、



女同士の意地悪は陰湿で、二人の事を皆

囃し立て、兄嫁のさだはそれを春子さんに


告げ口し、この兄嫁さんも、複雑な心境で

これだけの旧家に嫁いだからには、跡取りを


産まなければ嫁として肩身が狭いのが

心の中にあって、お増と一緒になって


民子さんを快く思わないんですね、

春子さんも、あまり人の口に二人の事が


噂になるのは、よくないとと思って

二人を呼び



「男も女も、十五六になればもう子供じゃない

二人があまり仲が良いとかれこれ言う者も


出て来るし、これから民子は政夫の部屋に

行ってはいけないよ、つまらぬ噂が立つと


民子の体にきずがつくからね」

春子さんは二人の行く末を心配して


長男の栄造からも皆に注意して貰うが

奉公人の女達の民子、政夫に対する


陰口、噂は止まらず栄造の嫁さだまで

一緒になって二人をいじめる・・・


この嫉み、ひがみは何でしょうね、

手をつないだり、身体をくっつけたり


するような事は無く、一緒に畑で作物を

収穫したりするだけなんですが・・・


政夫老人は当時を思い出して



「燈火のほやにうずまくねたみ風

ねたむことありなきにしもあらず」


木下監督は原作には無い伊藤佐千夫の

詩を回想シーンに何度か入れて物語に


効果を与えています。


民子はそれからは、政夫の部屋にも政夫の

顔も見ないように暮らし、ある日、春子さんに


言われて山の畑に茄子を取りに行くと

政夫も茄子を収穫していて、政夫にしてみれば


自分たちは何も悪い事してないのに、この様な

仕打ちを受けるのは、非常に不愉快な事


でしたが、春子さんの気遣いで思いがけず

一緒に農作業が出来る事は楽しい事でした。





夕方になり綺麗な夕陽を二人で観ている

うちに政夫の心に初めて淡い恋ごころの


ようなものが湧いてきて二人はしばらく

夕陽をじっと見ています・・・


政夫だけではなく民子も、他人に噂されたり

陰口を言われる様になって、政夫に対する


気持ちが仄かな恋であることに気づいたのです。

翌日二人は山に綿を取りに行きますが


人目に付く事を恐れ政夫が先に行き、民子の

来るのを待ってました、そこには野菊が


咲き乱れ、民子が「わたし、野菊大好き、

野菊の生まれ変わりなの」はしゃいで


言うと、「僕も野菊大好きだよ、民さんが

そんなに野菊が好きだなんて、道理で


民さんは、野菊のような人だね」と野菊を

分けてやると嬉しそうな民子






でも、大人たちの中傷は消えず、政夫は

中学の寄宿舎に入り、民子は実家に戻されて


自分の意に染まぬ結婚を強いられ、唯一祖母の

浦部粂子さんが、「私の人生で一番嬉しかったのは


おじいさんと一緒になれたことさ」みんなも、

もう少し民子の事を考えてやんなさい」と


民子を不憫に思い言ったのですが、民子さんは

政夫への思いを抑えて他家へ嫁いで行きました。



春子さんは「お嫁さんはうつむいているものだよ」と、
言われて天を仰ぐ仰ぐシーンは、切ない思いが


伝わって来て秀逸なシーンでした。



それから間もなく、政夫が学校で勉強してる時

電報を受け取り、民子が政夫からの手紙を握りしめて


亡くなったと聴きます。政夫の名は一言も言わず・・・


朴訥で無口な栄造が意地の悪い姉、お増に向かって

「民子に、お前が何をしたか、自分の胸に手を当てて


よく考えてみろ」と怒鳴るシーンがありましたが

田村高廣さんの台詞少なくこの最後の台詞で


観客も救われました。

単なる初恋物語ではなく、叙事詩のような雄大さを


感じる映画でした。当時の野辺送りとか

花嫁行列とか明治の時代を感じ、モノクロの


カメラワークも素晴らしく大自然のなかでの

人間の営みがしっかりと描かれ


主役の二人の台詞の棒読みがかえって

映画の素晴らしさになってる映画でした。







画像はグーグルサイトから

お借りしました。