「ゴクッ。」


  これは武者震いなのか、固唾を飲んだのか、試合が始まったら答えは出るのだろう。

 


  「南陽中対青葉中の試合を始めます。礼!」

 


  試合は青葉中の先行で始まった。

 

注目は、マークンこと南陽中の背番号1番の浅野だ。

 

ブルペンでは独特の投球練習をしていただけでも目を引くのに、あの目の座った顔つきはただ者ではない風格すら漂わせていた。

 

実戦での投球はどうなのか、お手並み拝見といこ

 

 


  「シューーーーバシィーーン!」


  「シューーーーバシィーーン!」


  「シューーーーバシィーーン!」


  「ストライークッアウッ!」

 


  青葉中切っての好打者、1番の田中幸輔が全球空振り三振で打ち取られた。

 

2番の若山先輩はチーム一のミート力を誇る。

 


  「シューーーーバシィーーン!」


  「カッ!ファールボール!」


  「カッ!ファールボール!」


  「シューーーーバシィーーン!」


  「ストライークッアウッ!」

 


  試合会場が静けさに包まれた。


  いかん、攻撃の回なのに、声出しで盛り上げないといけないはずなのに、みんな見入ってしまっていた。

 


  「ゴクッ。」

 


  3番平野先輩も力無い内野フライに打ち取られ、三者凡退に終わった。

 

さぁ、しっかり守っていこう。

 

普段であればそう声掛けしながら守備に付くのだが、なにせ打ち取られ方が一方的であったため、若干心折れている節が強いのは仕方ないのか。

 


  「前向け!前!」

 


  福山監督の一声で全員我に返った。


  南陽中の1番バッターは小柄な右打者。

 

ここはストレートで押していこう。1球目、

 


  「コツッ。」


  三塁線上にセーフティバントを仕掛けられた。


  「セ、セーフ!」


  定石では、1番バッターはピッチャーの球種を引き出しながら球数を投げさせる戦法が多い中、いきなり転がすのは奇策であるがしてやられた。


  続く2番バッターも小柄な右バッター。

 

恐らくバントで送るんだろう。

 

ボール球に近い球で様子を見よう。

 

カウント1エンド1からの3球目、バントの構えだ。

 

そう思いながら脚を上げてホームを向いた瞬間、1塁ランナーがスタートを切ってきた。

 

バントはあからさまな空振りでキャッチャーの送球の目障りとなる。

 

2塁送球、

 


  「セ、セーフ!」


  微妙なタイミングではあったが、単独スチールを許してしまった。

 

あんなに牽制球の練習をしてきたのに。

 

癖を盗まれたと言うより、意表を突かれてしまった、が正しいだろう。

 

スリーバントで送られ、1アウト3塁。

 

このチーム、常識外れなことを仕掛けてくる。

 

すっかりそんな意識を植え付けられ、3番バッターながらスクイズ警戒に当たる。

 


  「カツーーンッ」


  レフト線に外野フライが上がった。

 

飛距離は定位置に近いが、飛んだコースが線上に上がった。

 

レフトが線を跨いでファールゾーンで掴み、3塁ランナータッチアップ。

 

中継がきれいに決まり、キャッチャーミットにストライク返球。

 


  「セーフ!」


  先取点を与えてしまった。

 

後続は打ち取ったが、攻撃の回、相手のマウンドに上がるのは、侍の形相の浅野だ。

 

あの顔を見ただけで嫌気がさす。

 

そんなムードが漂う中、打ち取られていく。


  球数が嵩む5回、先頭の5番加藤智裕。

 

右ピッチャー浅野に対して、クリーンナップでは唯一の左打者。

 

その初球を叩き、打球はライト頭上をはるかに超え、体育館の屋根にぶち当たる特大ホームランが出た。

 

ミート力より、タイミングが合った時の打球は底知れぬパワーからどこまでも続くような放物線を描く打球になる。

 

遂に追いついた。


  最終回の7回裏。ファーボールから1アウト3塁のピンチを迎える。

 

スクイズ警戒をしながら投げた3球目、

 


  「カツーーンッ」

 


  1回のそれと同じ方向に飛んだ外野フライ。

 

飛距離は定位置。

 

コースは左バッターが打った切れていく打球で、またしてもファールゾーンギリギリに切れていく飛球だ。

 

レフトの加藤は捕球体制に入った。が、落球した。

 

 

 

 

 

 

 


 「ファール!」

 

「おい加藤!何やってんだ!」


  「タイム!」


  今のプレーでチームの意思が統一できていない。

 

そう感じた監督がタイムを取った。

 


  「千堂。あれは加藤が敢えて落球したのが分からないのか?

あれを取ったらタッチアップでサヨナラで終わるんだぞ。」