『明日は何時から仕事なの? あれ、 嬢?』
レストランを出てから、走り出して小一時間。
高速道路に入ってしばらく経ったころ、助手席の嬢は寝てしまったようだ。
それは無理もない。
なにしろ、今日は早起きしたんだろうし、一日中浜にいたから疲れたよね。
でもね、ドライバーとしては、助手席で寝て貰えるってのは、その安堵した寝顔を見られるってことは、こんなにドライバー冥利に尽きることはないんだ。
安心してもらってる証拠だからさ。
それにこの180君はとっても乗員に対してジェントルなんだよ。
ちょとだけ説明するね。
当時の自動車の技術を極めた一台、と言っても過言ではないんだ。
最新の技術でマニュファクチャーされたエンジンは、燃費効率を重視、エンジン音や排気音も静か、タイヤの扁平率も60のまま、扁平率ってのは、簡単に言うとタイヤの薄さ加減のこと。
薄いほど地面をグリップするんだけど、その分跳ね返りを喰らうから、乗り心地に影響するってわけ。
一番すごいのは、HICASⅡ という名前のサスペンションシステム。
これはハンドルを切ると前輪だけでなく、後輪も作動するから、高速道路のレーンチェンジがスムースなんだ。車庫入れも簡単にできる。
このおかげで、マイルドな乗り心地を乗員は感じるわけ。
俺が学生の頃乗っていた車とは大違い。
そして、そのマイルドな乗り心地とは裏腹に、ポテンシャルはワイルドなんだ。
軽くアクセルを踏むだけで、どこまでも加速し続ける。
羊の皮をかぶった狼、スカイラインのキャッチコピーってのが昔あってさ、そうだな、180君は言ってみれば、カモシカの皮をかぶったサラブレット、とでも言おうかな。
ちょっと表現が稚拙? 分かりにくいか笑
映画でさ、「ワイルドスピード」って覚えてる?
あれに出てきた”240SX”は180SX君の輸出車バージョン。
つまり国内用は排気量が1800ccから2000ccだったから180SX。
で海外用は、エンジンを一回り大きくした2400ccにしたから240SX。
なんでも海外、特に米国はスケール感に違いが出るよな。
1800ccなんてのは、きっと日本の軽自動車扱いかもな。
でもね、この180君、本来はドリフトバリバリの荒々しい性格なんだ。
今みたいに、大型高級セダンのように高速安定性を見せたかと思うと、峠道では、後輪を空転させながら、ドリフトって言うんだけど、そりゃー獣のような走りに豹変するんだ。
そう、2面性を持ち合わせているんだ。
よくさ、普段は大人しくて穏やかな人が、何かの瞬間にけたたましく鬼のようになる瞬間って見たことない?あれあれ。
いかーん、ちょっとだけと言いながら、車の話になると止まらなくなってた。
俺の話し、聞いていても、そうでなくても、どっちでもいいよ。
俺は、嬢を今日中に家に届けることだけを考えながら、ステアリングを握っているだけだから。
カーラジオからは ”宇宙のファンタジー” / Earth Wind & Fire
この曲は、とても幻想的だよな。
だけど、夜間限定で聴いた方が良い。
今はPM9。この時間が旬だ。
音楽に旬とか言うのもどうかと思うだろうが、この曲だけは時別だ。
朝には聴きたくない。
PM9に、しかも車中で聴きたいから、その時に来てくれ。
何故こんなことを言ってるかって? 昔さ、。
いいや、とにかく聴くならPM9限定曲だ。
それより、少しでも早く嬢を仙台の家まで送らないと。
明日、嬢は仕事だから早くベットヘ寝かせないと。
女子は、寝る前のお手入れとか、朝早く起きてはお化粧とか色々大変だろうから。
なので180君、頼んだよ。
起こさないよう、且つしなやかなスピードで俺たちを連れて行ってくれ。
宇宙のファンタジーでもどこでも。
どこまでも果てしなく、いつまでもずっとこの3人で走っていたい。