【選んだ理由】
メディア(特にテレビ)が己の影響力の大きさを自覚しているのか、疑問に思ったため読んでみた。


【内容】
まず、鎖国時代以降の日本人と情報の関わりに始まり新聞・ラジオ・テレビ・ネットを日本人がどのように受け入れてきたかという日本人とメディアの歴史を解説している。続いて各々が日本人の情報収集行動にどのように影響を及ぼしたかを論じ、よく出る「メディア害悪論」に関する実証を行っている。これについては「現時点ではよくわからない」ことが結論だが・・・。また、ネットメディアに慣れ親しんだ若者のメンタリティについても述べている。


【感想】
 最初に感じたのがデータの読み方の大切さ。例えばA,Bに相関があっても、各々に因果関係にあるかどうかはわからない。作用因子としてC,Dがあるかもしれないということ。テレビが報道することには、このような可能性はまったくないように感じられる。やはり、受け取り手が解釈する時間がある「文字」による情報収集が大切だ。

 続いてはネットの力。ネットは人間がコミュニケーションに使用している文字、音声、静止画、動画など聴覚・視覚情報を全て使用可能である。さらに1対1、1対多数で情報を双方向にやりとりできる。また、情報の発信・受信に関する費用も格安だ。それにも関わらず、筆者はネットがすぐにテレビに置き代わるとは考えていないとのこと。それはテレビの定時制(いつも決まった時間に始まること)が強みであるためだという。個人的には腑に落ちないが、多くの日本人にとってはそうなのだろう。

 で、情報ソース。ネットメディアとはいえ、多くは既存のメディアによる情報をネットという媒体に置き換え発信したものにすぎない。つまり、ユーザーがネットに流れれば収入が減り、良質な情報を維持できなくなるとのこと。確かに通常のメディアでは当てはまる。一部のメディアがネットの情報有料化などでネット収益の確保に動いているが、果たして・・・。

 情報収集で大切なことは、バイアスがかかっていない生の情報にいかにアクセスできるかということであるが、一般人には不可能だ。多くの媒体に触れ、自分で仮説を立てて検証していくということが大切だろう。

 最後に、最後の最後にあった著者の言葉が印象的だったので勝手に引用する。
「ネットは、ありあまる知識を与えてくれる一方で、惜しみなく時間を奪う」


メディアに振り回されるのは嫌だと思いつつも、頼らざるを得ない現実。
これを踏まえた上で多様な見方に触れ、考えていこう。
★★★★☆

メディアと日本人――変わりゆく日常 (岩波新書)/橋元 良明

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