
朝10時。
屋上に洗濯物を干しに行くついでに
昨晩仕掛けていたカブト虫取り装置の確認を行った。
空気に触れたとたん霧を吹きかけられたような湿気のある暑さだったが、
とりあえず洗濯物は物干竿に全部かけてしまった。
夫のブリーフは今日も黄ばんでいる。
カブトムシは入っておらず、カナブンが数匹入っていた。
これでいいのである。
巴はカナブンをコーヒーの瓶に入れ部屋に戻った。
部屋に戻ると早速カナブンに角をつけ、カスタマイズした。
巴は自宅で「カスタムインセクトぶんぶん」を経営している。
以前モグりの針灸師をしていたが、院長が一夫多妻制の国へ移住してしまったのを機会に
ぶんぶんの経営を始めた。
カスタムインセクトとは昆虫に角をつけたり、主にカナブンに角を付けたりして、昆虫をカスタムする訳だが、
店の経営はうまく行っていた。
以前勤めていた鍼灸院の患者がよく訪れてくるのだ。
昨日も記憶喪失になり、それを巴が治療してやった爺さんがやって来た。
「ネットオークションで何か出品して、儲けたいんじゃが!」
「それならこれが今流行ってますよ、私の中で・・・」
「それならそれをあれして、つがいでおくれ。つがいとはカップルのことじゃ!』
巴は角を付けたカナブンと角なしのノーマルのカナブンを渡した。
「3000円です。」
両方メスかもしれない。
「持ち帰りのケースは500円にサービスするけど、いる?」
「いらんよ、こいつらは勝手にわしの家まで、婆さんの蜜めがけて飛んで行きよるで!」
巴はタダ同然のケースを売ることができなかった悔しさで、おつりの2000円をしわくちゃにしてしまった。
そんなことを繰り返し、今では月収50万ほどを稼いでいる。
「寒くなったら別の商売を始めないとね。」
巴は独り言をつぶやき、夫の自転車を勝手にカスタムし始めた。
弘は今日も営業という航海に出ている。
大海原は荒れ模様で、お客のハートを巧く釣ることはできない。
「おれが松方弘樹だったら・・・」
半年に1回は地球を釣りにロケに出かけている松方弘樹を
営業マン弘はかなりいけてる営業マンだと、巴のよく分からない
鍼のおかげで思い込まされていたが、弘自身は巴に鍼をされる前から
松方弘樹をかなりいけてる営業マンと勘違いしていた。
弘は以前車で営業に出たときに車で来たことを忘れて会社に帰ってしまったために、
今では電車しか利用することを許されていない。
しかし、そんなことではくじけない弘はかなり高い自転車を購入し、
営業に出たついでに自宅へ自転車を取りに帰り、それで営業に回っていた。
「あっ、自転車取りに一回家に帰ろ」
爺さんに買われたカナブンは巴の団地の近くにある森のブナの木めがけて
昨日から一心不乱に飛んでいた。途中道草を食って自動販売機で一夜を過ごしたため、
二日がかりの移動となってしまった。
角は何となく気に入っていた。
ただ、以前と空気抵抗が変わり、上手く飛ぶことができない。
「上手く飛ぶことができないので、あなたの背中に乗せて下さい。」
となりの一緒に爺さんに買われたカナブンに懇願した。
「いいわよ。」
角付きカナブンはノーマルカナブンの背中に乗った。
そして、交尾をした。
「・・・あたい、そんなに軽い女じゃないからね!」
頬を赤らめたかどうかは昆虫なので分からないが、
ノーマルカナブンは恥ずかしそうにいった。いやイッたのかもしれない。
婆さんは森に山菜を採りにきていた。
おいしそうなキノコを収穫し、今晩のみそ汁にしようと考えるだけで、
脂汗が漲ってきた。
その汗は若干の甘い香りを発し、昆虫たちを誘惑した。
昆虫たちは婆さんの枯れ果てた肌を木と勘違いし、
主に汗の発せられる手首やうなじ、その他諸々に止まっていった。
その噂は森中に広まり、HOTEL婆やは日中のうちに大盛況となった。
「開けゴマみそ!」
そう言って、弘は家に帰ってきた。
商品ケース兼食卓の上では巴が自転車を解体していた。
「おかえり。」
「ただいま帰りました。自転車がそのような感じなので、また行ってきます!」
「ご飯食べていったら?」
「じゃあご飯をいただいてからにします。」
巴はタマネギを切り、鶏肉を一口大に切って、
やや薄味のお出汁と煮込み、そこへ卵を入れて、親子丼を作った。
「おいしいです!この出汁は本ダシですか?」
「その通り。よく分かったわね。あとは私の愛情が入ってるわよ。」
「そうですか!本ダシは母の味。」
弘は満腹になり、若干の眠気を感じながら、また営業に出て行った。
巴は自転車の解体作業にまた戻った。
鉄の素材で、無骨な雰囲気を醸し出していた自転車のフレームは弘のオマルへと見事にリフォームされた。
もちろんハンドルは取っ手となり、どんなに力んでも転ばない安定感を醸し出していた。
チェーンとクランクを利用し、自宅のドアを居間に居ながらにしてあけることができる
自動ドア補助を作った。これで、自動でドアが開いたと思って入ってきて体が半分入ってきた
爺さんを挟み込むことができる。
車輪は自家発電装置にした。
そうこうしているうちに夕方となり、外では夕暮れが奇麗に赤紫となり、空に映っていた。
弘は案の定公園で昼寝をしてしまった。
起きると日は沈みあたりは発情したカップルで埋め尽くされていた。
まずは会社に帰り、業務報告をして、家に帰ろうと考えたが、
カレーのいいにおいがしたので、ふらふらと足が向いた。
匂いの先で立ち止まると以前巴も交えてひと騒動あった爺さんと婆さんの家の前だった。
チキンカレーのいいにおいが充満していた。
家の前でムラムラしていると爺さんがブツクサいいながら歩いてきた。
「わしのカナブンはどこにおるんかな。このままではオークション詐欺で捕まってしまう。
どうしよう、どうしよう、なあどうしよう!」
弘の腕をつかみ、錯乱状態の爺さんは鼻水をたらしながら弘に訴えた。
「まずはカレーを食べてから考えましょう。そうしましょう。」
「相談しましょう、そうしましょう。」
爺さんと弘は仲睦まじく家に入って行った。
そのとき、外の街灯の電球が消えたかと思うと
家の中の電気も消えてしまった。
家の中は真っ暗となり、カレーの匂いだけが弘たちを食卓へ導いた。
「兄ちゃん兄ちゃん!」
「兄ちゃん兄ちゃん!」
爺さんと弘は若干パニックになりながら、二人とも兄ちゃんと励まし合い、
おそらく食卓があるであろう部屋の前の磨りガラスのドアの前に立っていた。
巴は自家発電の蓄電装置を作るのを忘れていた。
車輪発電から生み出された電気は直接マンション内部の電気回路を流れ、
一瞬大きな爆発音がなったと思うと町中が真っ暗になってしまった。
「あら、早く氷を冷蔵庫からクーラーボックに移さないと、焼酎がロックで飲めなくなるわ。」
真っ暗な中から氷を取り出し、クーラーボックスに移した。
そして、ろうそくに火をつけた。
ろうそくに照らされた氷が少し溶け、焼酎の中に沈み、涼しそうな音が鳴った。
爺さんと弘は磨りガラスに手をかけた。
そこには婆さんが立っていた。
真っ暗で見えないはずなのに、
はっきりと見えた。
森の中で婆さんの体に張り付いた蛍が光を発し、その光が黄金虫を照らし、
婆さんは妖しく光っていた。
「ばあさん、わしのコガネムシはどこじゃ?」
爺さんは婆さんをまさぐり、弘は婆さんの光を利用して、カレーをいただいた。
婆さんの体から発せられる光に照らされたカレーは黄金のように光り輝き、
弘の食欲をますます促した。
爺さんは昆虫たちにまぎれ、まだ婆さんをまさぐっていた。
「開けゴマ。ただ今帰りました。」
「あらお帰りなさい。」
今日も弘は仕事をしなかった。

