ちょっと肩の力を抜いて、ブログします。テーマは特にありません。今年も3日目です。明日から仕事初めの方々も多いのではないでしょうか?さぁ、今年のテーマを決めちゃいましょうか?いえいえ、テーマを決めちゃうと、息苦しく感じるので私は敢えて「なし」をテーマにしましょう。日常の何気ない生活の中でいろんな事柄にぶつかり、苦しい事だってあるかもしれませんね。乗り越えようとチャレンジする人もいれば、その場で立ちすくみ前に進めなくなる人だっていると思います。わたしは、たいてい後者です。でも、そんな自分が嫌になる事はありません。わたしとは逆に努力をする人を応援しますが、すこし熟考する時間を大切にしてもいいのではないかと思います。自信を持つ事以上に、社会に生かされている自分を見つめ直すことって大事なのかなと思います(もちろん、両方は必要です)。わたしは、「自分を信じる」って言葉は好きですよ。でも、それ以上に「他人を信じる」が好きなんです。「他人を信じる」をストレートに実践するって、相当に精力を費やし、疲労しますよ。実践しているわたしが実感しているので、これは確かです。「自分を信じる」と「他人を信じる」は両立するものです。普段、皆さんは何気にこの両方を実践していると思います。しかし、ふと気づくと自分しか見えてない瞬間があると思います。原因は何でしょうか?それは、他人への「不信感」です。「不信感」はネガティブな感覚ですよね。「不信感」は、非常にやっかいなものです。まぁ、時に少量の「不信感」はあった方いい場合だってあります。でも、さっきやっかいと言いましたが、この「不信感」は感情を支配するという点が問題なのです。「不信感」は、他人と関わり生きていくことをベールに包み込みます。そして、「他人を信じる」ことができなくなるのです。「他人を信じる」が消えると、しばらくして「自分を信じる」も消えてなくなります。両方が消えてなくなるのです。人は信じるものがないと、心が脱色されます。無色透明で見えなくなるのです。これは、まずいですね。さぁ、心が脱色され、無色透明になり、その後どうなるか?ってことですが、「無感情な人間」、「冷たい人」とか、もちろんそういうことはあると思いますが、それはまだ脱色の過程のお話です。結果として、ネガティブ・スパイラルに落ち込み、這い上がることが非常に難しくなりますね。自分の心が蝕まれ、崩れていく様子だけが心を支配します。もう、「他人を信じる」と「自分を信じる」はそこになくて、憎しみや恨みといった感情に染まってしまいます。「命」さえ感じられなくなるというのは言い過ぎでしょうか?でも、そういうことになるのだと思います。「他人を信じる」はそういう意味では、「命」と遠からずつながっているのです。意外と気づかないでしょ。「他人を信じる」ことの大切さをあらためて認識して頂ければと思い、ブログを終わります。
大晦日、みなさん元気に過ごされていますか?きょうの東京は晴れです。でも、全国的に大荒れの天候のようですね。みなさん、事故にはくれぐれも気をつけてください。お互いに「Happy New Year」を迎えましょう。
363日目の今日。ことしはあと1日です。いよいよカウントダウンですね。よく、「ことし一年どうでしたか?」的なことを聞かれます。わたしはたいてい「まずまずです」と答えます。この「まずまず」は、プチ順調って意味合いを込めています。でも、イイ一年とは言い切れないし、悪かったか?と言われればそうでもないです。仕事も順調だし、ちょっと腰痛気味ということを除けば健康だし、だったら「いい一年でした」って言っちゃえばいいのにと思われるかもしれませんね。でも、自分は社会のつながりの中で生かされていると思っています。果たしてわたしの周りの方々が幸せだったかと言えば、そうでもないです。それは、家族の問題を抱え悩んでいる方も知っていますし、病気で働けななくなった方もいるからです。そうしたことから、手放しで「イイ一年」だったとは言えません。人と人の関係が非常に落ち着きの無い、どこか他人事のように蓋をする雰囲気が今の社会だとしたら、すごく残念な気持ちになります。でも、現実にはそういう傾向に傾いている気がします。来年は、半径5mの方々(?)を大事にしたいですね。まず、そこからスタートします。そして、再来年は半径10mの方々へと拡大できればいいと思います。「ことし一年は?」と聞かれて「最高の一年でした。」とストレートに言えるような日が来る事を信じています。ちょっと変なブログですみませんでした。