マニアックなハノイロックス関連記事です。

 

前編、パート1では、存在感のない初代ドラマー「ジップ・カジノ」をとりあげましたが、今回のパート2では、ハノイ・ロックス解散後、中心メンバーのアンディー・マッコイが、ナスティー・スーサイドと組み、女性ボーカルを扮した、チェリー・ボムズというバンドについて掘り下げてみたいと思います。

 

「チェリー・ボムズ」なんてバンド、名前すら聞いたことない、という方も多いと思いますが、さすがにハノイロックスファンには、良く知られていると思う。

 

ちなみに、いきなりまたカルトで申し訳ないが、このバンドに参加したドラマー、ジップ・カジノに負けず劣らず気になる、テリー・チャイムス/Terry Chimesという人!
彼はラズル没後、解散までのわずかな時期のハノイのドラマーも勤めており、僕の持ってる海賊盤の、解散ライブビデオでもその姿が見られる。
僕の聴いた感想では、ラズルより、初期のジップ・カジノに近い、タイトで疾走感あるタイコを叩く印象です。

 

まあそれもそのはず。
彼は初期のクラッシュに参加しているので、それで名前を聞いた方も多いと思う。
クラッシュは前身が、ミック、ポールのほか、後にPILに参加するキース・レヴィンなどが在籍した、「London SS」という伝説のアマチュアバンドだった。
テリーはそこでもドラムを叩いていたらしい。

 

マイナーな人とはいえ、さすがにジップ・カジノとは違って、元クラッシュだけに情報には事欠かない。
ここからはUSA盤wikipediaを参考に記述してゆきます。

 

デビュー前にクラッシュ脱退。
しかし、デビューまでにトッパーが間に合わず、頼まれて半分くらいの曲で演奏。
クラッシュのファーストには、ドラムの演奏者が記載されていて、それによればテリーは、「London Burning」や「White Riot」「Remote Control」などの代表曲を演奏している。
また、トッパーが脱退した、82年ごろにも再びクラッシュでプレイしている。

 

彼とハノイの接点がどこだったのか、詳しく書かれた情報が見つからなかったが、確かハノイはイギリス進出の際、クラッシュの前座やってたんじゃなかったっけ?

 

テリーの経歴は見ていて、クビを傾げてしまうというか、非常におもしろいです。
1987年ごろにはなんと「ブラック・サバス」に参加している。
そして圧巻は1992年の「Les McKeown ベイシティー・ローラーズ」への参加だ。
この話を初めて聞いたときは、少し耳を疑いました。
それにしても、節操無いというか、どんな奴だ??

 

ちなみに、1994年以降から現在にかけては、イギリスで指圧療法師を開業しているそうです。
彼のその、指圧のホームページもあり、現在の姿が拝見できますよ。
しかし、これだけビッグなバンドをサポートしてきてるのに、指圧治療院で頑張ってるとは、イギリスでも過去のリズム体が食ってゆくのは、なみなみならぬ大変な事なんですね・・・。
まあテリー・チャイムスについては、このくらいにしておきましょうか。

 

 

 

このチェリーボムズに、テリー以外に、もう一人興味深い人物がいます。
それはヴォーカルの女性、アニタ・シャラマーという人物です。
僕の気になる本命は、実はテリーじゃなくてこの人の方だ。

 

彼女は、ハスキーだが非常に艶のある、本当に魅力的ないい声で歌い聞かせてくれます。
僕は今でも思わず聞き惚れてしまう。
 

 

 

 

アンディー・マッコイの才能をとことん感じるチェリー・ボムズの2曲。

アニタのハスキーで艶っぽいヴォーカルがとても魅力的!

 

 

ちなみに彼女についても、情報がジップ・カジノなみに少なくて、本当に難儀します。
一見黒人女性に見えますが、どうなのだろう?

 

彼女についての詳しい記述があったのは、やはりスウェーデンのwikipediaでした。
またまた二段階翻訳し、そこからの情報を元に追ってみます。

 

アニタは70年代終わりごろには、イギリスのテレビ番組「トップ・オブ・ザ・ポップス」で、ダンサーとしてかなり有名だったそうで、80年初頭にはToto Coeloというグループでレコードデビュー。
I Eat Cannibals Part 1という曲が、1982年、全英チャートトップ10入りするヒットになったそうだ。
この曲、ネットで探して聴いてみたが、なんだか「アラベスク」とか「ノーランズ」を彷彿させる感じ。
僕は嫌いではないな。

 

 

 

 

彼女はその後Toto Coeloを抜け、やがてアンディ・マッコイと親しくなる。
CDのライナーには、飛行機で偶然隣に座ったみたいに書かれているけど、どうなのだろう?
 
彼女は1986年、チェリー・ボムズのボーカルとして、そのアンディーや、テリーなどと活動するが、活動が波に乗るまえの1987年にいきなり脱退し、バンドは計算外の空中分解になってしまう。
彼女の恋の逃避行が原因と、これまたライナーで読んだが、どうなのだろう?

 

というわけで、チェリー・ボムズはまともなCD制作もしない(出来ない)うちに終了・・・。
残されているのはラヴァー・ボーイの大していい曲でもない、Hot Girls In Loveのカバーシングルや、全編ライヴのアルバム。
それをまとめたのが僕の所持している作品で、確か日本とアンディーの本国、フィンランドでくらいしか出てないんじゃなかったっけ?
アマゾンで調べてみたら、もうとっくに廃盤らしく、なんと一万円近くのプレミアがついてる・・・。
これかなり価値あるじゃないの!!
 
そのライブアルバム、実際聴いてみると、これまたポップで非常にクォリティーが高い曲が多く、ハノイの作詞/作曲の大半を手がけたギタリスト、アンディー・マッコイの非凡な才能を痛切に感じさせる一枚だ。
これが廃盤になってる事は本当に惜しく、未だ多くの人に聴かれて無いのが残念でならない。